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無職ではない君へ。:「無職、川、ブックオフ」マンスーン

マンスーンさん『無職、川、ブックオフ』読了。

マンスーンさんの本が出ると聞いた時、買わねば、と思った。マンスーンさんが「本物」の無職をしていたことは音声放送(ラジオ)で知っていた。自分もそれに近しい状況を経験していたからかもしれない。または単にオモコロが好きだったからかもしれない。でも「読まなきゃ」と思った。

マンスーンさんの無職エピソード概要は上記動画で確認してください。


私は大学に5年在籍していた。

私の大学は進級制ではないので、留年というよりは「卒業できるまで4年生を無限に繰り返す」という形式だったのだが、本題とは関係ないし説明が難しいので割愛する。

私はマンスーンさんのように単位が足りなくて、大学に行けなくて/行きたくなくて、留年をしたわけではない。普通の大学生だった。勿論いくつか単位を落としたこともあるけれど、3年の後期で卒業単位数-8単位ぐらいは取っていたので、順風満帆と言って差し支えなかった。

私は就職活動が出来なかった。

受けて落ちてを繰り返した訳でもなかった。受けなかった。やりたい仕事がなかった。具体的な希望職種がなくても勝手に部署に振り分けられる行政の採用試験を受けたりもしたけれど、試験官もそれを見透かしていたのか、最終面接で全て落ちた。

1度目の4年生の12月。

就職留年を決意した。卒業して無職になるよりは留年した方がいいと思った。来年も「新卒」の箔がつくから。

親と話した。親は私に対してプレッシャーになるような事は一切言って来なかった。親は私の人生に口出しをしたことは一度もなかった。中学最初の部活の選択、受験する高校、大学選び。何も言われなかったから、状況が、選択が、失敗だと思ったことは一度もなかった。何となくいつも上手くいっていた。なんとかなってきた。今回も同じ。なんとかなると思った。マンスーンさんの書籍にもあったけれど、あの時ちゃんと傷ついておけば良かった。失敗だと思わなくちゃいけなかった。

ゼミの先生と話した。私は4年後期までに卒業単位数まで残り2単位のところまで単位を取得できていたため、ゼミの2単位を取得すると卒業単位数ぴったりになる。ゼミを修了すれば自動的に卒業させられる状況だった。留年するにはゼミの単位をわざと落とすしかなかった。

幸いにも私のゼミは卒業論文を書かなくてもよいタイプの特殊なゼミだった。またコロナ禍真っ只中でもあったために、ゼミはzoomで先生と一対一で行う形式だった。単位を落とす、という決断、それを伝えるということ自体はさほど難しいものではなかった。


2度目の4年生になった4月。

私は休学届を学生課に持ち込んだ。前期に講義を必要がなかったから、前期だけ休学することにした。
リモート講義ばかりだったので久しぶりに大学に来た。またここに来るとは思っていなかった。

それからの日々。何もしなかった。オモコロラジオだけは聴いていた。海外サッカーだけは観ていた。ラジオが更新されるのは午前0時だった。地球の裏側で試合が始まるのは決まって夜中だった。昼夜逆転。昼間に起きている理由はなかった。就職活動はしていなかったから。

海外サッカーがオフシーズンに入った7月、ふと我に返った。就職活動を始めた。行政の採用試験の後期日程募集が始まる頃だった。受けたが、落ちた。やりたい仕事は、無かった。

2度目の4年生の12月。

昨年就職留年を決心したあの日を、また迎えた。同じ状況。何も変わっていなかった。

ゼミにはちゃんと出席していたので、卒業は出来る。これも去年と同じだった。全部去年と同じだった。違ったのは私の決断。2回目の就職留年は無理だった。肌感。こんなにも私に優しくしてくれている両親に 、私に対して怒らせるわけにはいかなかった。卒業して、フリーターでもなんでもするしかなかった。

2度目の4年生の2月。

ゼミが終わった。2単位を得た。大学卒業が決まった。それ以外何も決まってなかった。就職率95%の大学で、5%になった。一人暮らしをしていた部屋を退去した。コロナ禍を共にした部屋を、サッカーの試合に熱狂した部屋を、何もできなくて泣くしかなかった日々を過ごした部屋を、退去した。実家に戻った。それからの日々。

ハローワーク。親の口からこんな単語を出させてしまう自分が情けなかった。許せなかった。悲しかった。親に言われる前に自分から行くと言うこともできなかった。どうしてこうなっちゃったんだろう。これは失敗?なんとかなる?わからなかった。

やりたい仕事じゃなくても受けなきゃいけなかった。聞いたことのない建築会社の経理、どこにあるもわからない食品会社の事務。受けなかった。そんな仕事は、やりたくなかった。

2度目の4年生を終えた3月。

ハローワークの求人情報サイトを義務感で眺めていたら、とある求人が目に留まった。そこしかなかった。中途採用の募集だったが、ダメ元でハローワークの担当の人に連絡してもらった。これまで見た求人の中で唯一やりたいと思えた仕事だった。面接を受けた。

親が買い物に出ている間、留守番をしている時に採用の連絡を受けた。食材の入ったビニール袋を両手に以て帰ってきた親に、受かったことを伝えた。夕飯はカレーの予定だった様だったが、地元の有名なお店に外食へ行くことになった。カレーでもよかったけど。

なんとか、なった。


マンスーンさんの本を読んだ今、なんとかならなかった世界線の自分に思いを馳せる。

労働の今を得た自分が、紙一重回避できた未来を経験した人の言葉が、この本には詰まっていた。

就職浪人をする為にゼミの単位をわざと落とすと決めたあの日の自分が、あの日のマンスーンさんと同じようにこちらを手招きしている。

だからこそ今、朝起きて、出勤して、意味のわからない楽しい仕事をして、帰宅して、ベッドに潜る自分に、正しい大人になれた自分に、正解の人生に戻れた自分に、あの日の自分が正解の音を鳴らしてくれている様な気がした。

この本を読んで、マンスーンさんには申し訳ないけれど、本当に紙一重で無職にならなかったことが、大学4年生だったあの期間が、全て肯定された様な気がした。

なんとかなった。失敗じゃなかった。

帯に書いてある「戻りたいけど 戻りたくない」はその通りだ。

大学4年生だった2年間。就職という巨大な重石を抱えていることが一つの「盾」だった。就職出来ていない現状を、日々を、ぼんやりと情けなく、辛く思っていることで、それ以外のことが許可されたような気がしていた。これだけの負い目を感じているのだから、週に一度ぐらいはサッカーを見てもいい。ラジオくらい聴いててもいい。徹夜で絵を描いててもいい。夜中にランニングしたってもいい。そうしてなんでも許されている気がして、なんでも出来る気がして、楽しかった気がする。

なんでも出来る気がしたあの頃に、無限の時間があったあの頃に戻りたい。

でもそれは、なんとかなった今、全ての過去が肯定された今だからこそそう思えるのであって、そんなことを言っていたら、2度目の4年生を終えた3月末にどうにもならなかった世界線の自分に申し訳なくて、とても口に出しては言えない。戻りたくない。

こんなに涙の止まらない本は初めてです。

大学生活も就活も何もかも予定通りに全てうまくいった人には流せない涙かもしれません。

でも今流れている涙は、あの一人暮らしのアパートの部屋で、夜中の4時に流していた涙とは違う涙です。

ありがとうございました。


追記

拝啓 無職の君たちへ。

一方で、現実に「どうにもならなかった」人も当然いると思う。私とマンスーンさんは共に「どうにかなった」側の人間です。

どうにもならなかった人がこの本を読んでどう思うかはわかりません。

私がどうにかなったのは単なる偶然、運だったかもしれない。マンスーンさんがあの日あのツイートをしたのも同じです。だからこそ、どうにかならなかった世界線の私を存在しないことには出来ない。どうにもならなかった人に対して、諦めるなとか、運は必ず巡ってくるとか、生きてれば良いことあるとか、そういうことは全く言えない。私の「どうにかなった」経験は「どうにもならなかった」人たちのこれまでを肯定することはできません。ごめんなさい。

無職の様な長いトンネルを抜け出すキッカケには、やっぱり運が必要なのかもしれない。私は運が巡ってきた場合の話しかできません。でもその運が巡るキッカケは、今振り返るとちゃんと自分で用意していました。私は求人サイトを見ていたし、マンスーンさんはからあげクンの目を光らせた(これに関しては正直ちょっと違うかもしれません)。

運が巡ってきた後のことも大切です。
私の場合は「良い求人を偶々目にした」、マンスーンさんの場合は「ツイートがバズった」。その後の素早さは大事です。私は求人を見た瞬間に行きつけのハローワークに電話を掛けたし、マンスーンさんも記事執筆オファーを直ぐに受けた。その瞬発力。運を掴んで離さないとか、そういう戦略めいた話ではなくて、なんでも変化をさせること。変化を怖がらないで。無職より悪化することなんてありませんから、大丈夫。

さっき「諦めるなとは言えない」とか書きましたが、やっぱり「諦めるな」と言います。いつかきっとどうにかなる。大丈夫です。今は無職でもいい。昼夜逆転しててもいい。夜中に海外サッカーを観ててもいいし、こっそりポテチを揚げててもいい。でも心のどこかでは栄転の機会をうかがっていてほしい。まだどうにかなります。その生活が肯定される未来がいつかきっと来る。だから今はただ生きて、でも諦めないで。お願いします。

あと、この文を書き終わってもう一度本の内容振り返ってみたけど、ハルヒの話のとこ凄すぎませんか?そんなことある?

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阿国
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