2020/8/13 産業医学における倫理 医の倫理#2
産業医学における倫理、ということであれば、
日本産業衛生学会が「産業保健専門職の倫理指針」を出しています。
但しこれはもう完成したものとして公表されたものなので、
指針が完成するまでの苦悩や思考過程が抜けてしまっており、
重要性は極めて高いものの、残念ながら読んでいて面白みがないんです。
一方で、健康開発科学研究会が発表した「産業医の倫理綱領」は
思考の過程が追えたりして、読んでいて大変に面白いものになっています。
是非一度読まれることをおすすめします。
産業医学の倫理を考える上で(臨床と比較して)極めて特徴的な点として、
私達の思想の根底に流れるバイオエシックスという視点からの議論が通用しにくい点にあります。
私達は国家試験で「自己決定権」や「臓器移植のあり方」について問われることはあっても、「会社の利益と個人の利益の相反」について問われることはまずありません。
生命倫理の基本原則である「自律性の尊重」「無危害」「善行」「公正」は臨床において通用する原則であって、
産業医学の現場に安易に持ち込むことは危険を伴う行為であるといえます。
さらに、産業医学を功利主義と義務論の観点から考えた際に、
例えば功利主義におけるジレンマとして、功利主義における幸福が、例えば
労働者におけるそれは就労、退職、金銭的報酬などと捉えられる一方で、
会社におけるそれは高い収益性や社会的な価値であることを考えると、
それらは概念として両立しにくいことは明らかなわけです。
産業医学における功利主義的なジレンマは、労使対立に似た構造を取ってしまいます。
一方で、義務論的な価値観から考えると、しかし
その瞬間に産業医学がもつ愛すべき複雑性や神秘性を失わせることとなり、
それはもはや産業医学ではなく会社の保健室学とも呼ぶべきものとなってしまいます。
産業医学がもつ倫理というものは、
個人主義の到達点ともいえるバイオエシックスという観点でもなく、
功利主義でも義務論でもなく、産業医自身がもつ哲学感において、
すべての価値観に価値を感じながら、
経営者や労働者の幸福を追求するところにあるのだと思います。