夏の思い出《黒磯日用夜市》
小原綾斗とフランチャイズオーナー(以後FCO)が日曜日に栃木の黒磯日用夜市のステージに出演するという情報を知ったのはその週の金曜日だった。
たまたまなにも予定を入れていなかったから、
軽い気持ちで行くことを決めた。
片道3時間くらいかかるけど。
この軽すぎるフットワークがわたしにひと夏の思い出を与えてくれた。
*
大きなリュックやスーツケースを携えたひとたちと一緒に日曜日の湘南新宿ラインに乗り込む。
幸運なことにボックスシートがひと席分あいていたのでそこに腰かけた。
座ると、おや。
そうだったと思い出して尻ポケットから文庫本をとりだす。
新宿で乗り換える際に急いでしおりを挟んだ「新ハムレット」。
27ページをひらき、窓際にさっきホームで買ったペットボトルの水を置けば夏のフォトフレームが完成した。
読んで、うとうと、大宮駅。
読んで、すやすや、小山駅。
終点の宇都宮駅で乗り換え。
ちょっとお腹がすいたので、売店でレモンドーナツを買った。
*
宇都宮線に乗り換え、終点の黒磯駅に到着。
駅の目の前で「黒磯日用夜市」が催されている。
夜市で食べたもの。冷たいフォー。
夜市で食べたもの。キューバサンド。
夜市で食べたもの。クラフトかき氷。
そういえばこのまえ友達と、「次くるクラフト○○ってなんだと思う?」って話したなと思い出した。
そのときは「クラフト水かな」なんて言って二人で笑ったけれど、ちょっとニアピンだったんじゃない?
かき氷を状態変化させれば水だし。
会話を思い出したら、急にいま自分がひとりであることまで思い出した。
いや、これはこれで楽しいから問題なし!
ひとり時間も楽しめてしまう自分が好き!
*
徐々に天気は下り坂。
雨宿りのために図書館に入ったり出たりもしつつ、
何度目かの雨上がりにMIZのステージを観ていた。
すると後ろにいたのだ。
わたしがここまで来た理由、小原綾斗さんがいたのだ。
憧れてやまないバンドマンがラフな格好で自身の出番の前に会場にいるなんて、自分の人生には想定されていない事案だった。
話しかけて、写真を撮らせてもらった。
来てよかった。
生きててよかった。
「この後のステージ、がんばってください!」
「ありがとう!」
伝えられてよかった。
会話できてよかった。
ちなみにこの時に撮った写真、今見返すととんでもなく自分がにちゃにちゃしている。
本当に大好きな人が突然目の前に出現すると人間はこんな顔をするんだなと感心してしまった。
*
雨はどんどんひどくなった。
いっときは止んで花火が上がり、会場は一層盛り上がりを見せたもののFCOの出番の前に大雨は一段と猛威を振るい最終的にステージは中止となってしまった。
ただ、彼らは2曲だけ演奏してくれた。
1曲目は「BAD BOY」、2曲目は「おかしな気持ち」。
今日まさに聴きたい曲だった。
全然通り雨とかいうレベルではない雨が降り注いでいたけど、会場全体で合唱しながら雨に打たれて踊る夏にときめいてしまった。
夏が終わってしまう。
わたしにとって、この夏は学生生活最後の夏休みだ。
大学生活はよく人生の夏休みだって言われる。
もうわたしにはこれが最後の夏なのだろうか。
*
それは違う。
わたしの夏を終わらせてなるものか。
だっていま、わたしと一緒に音楽と雨にずぶ濡れになっている見ず知らずの大人たちは、最高に愉快そうではないか。
昼間から瓶ビールを片手に、DJが流す渡辺美里の「My Revolution」に合わせて思い思いに体を揺らしていた最高な先輩各位。
そんな彼らがいるからわたしは自分の未来がまだまだ愉快であることが十分に理解できた。
わたしの人生は愉しみで満ちている!