異聞・石田【光】成
これは、明智光秀が天海僧正へ至る物語である──
「──以上が、羽柴様よりの言伝に御座る」
「ふざけるな!!」
勝龍寺城、奥の間に怒号が響く。
天正10年(西暦1582年)、6月13日深夜。明智光秀が本能寺にて信長討ちを果たし、中国大返しで舞い戻った羽柴秀吉勢に大敗を喫した、俗に言う「三日天下」最後の夜である。
上座に明智光秀、左右に生き残りの側近たち、そして板の間に土下座するような格好で頭を伏せているのが羽柴方の使者。
可能ならば光秀は、己の命と引き替えに、一族と配下たちを守りたかった。だが、羽柴の使者が伝えた話は、真逆。
明智の血縁および家臣全員の首と引き替えに、光秀の命は助けると言う。
激昂した側近たちは、刀を抜き放ち、不遜な使者に向かって斬りかかった。奥の間に、血飛沫が舞う。
羽柴の使者は、無事だ。深く顔を伏せた男は、左右それぞれに小太刀を握った両腕を振り上げ、家臣全員の顔の前面を削ぎ落としていた。
「……対面は、久方ぶりに御座る。明智殿」
使者を名乗った男は、ゆっくりと顔を上げる。膝立ちで、腰の刀に手をかける光秀は、目を見張る。そこにはいたのは、羽柴秀吉、張本人だった。
「魔猿め、何をした?」
「武将とは、逸芸を持つ者に御座ろう」
夜闇の中で、秀吉が嘲笑をこぼす。
「邪魔者はいなくなった。明智殿には、儂の配下となってもらう」
「逆臣を配下になど、できるものか」
「我が逸芸にて面の皮をすげ替える故、心配は無用」
立ち上がった秀吉は、懐から一枚の顔の皮を取り出す。
「石田の次男坊……確か、三成と言ったか。昼の戦で、つまらぬ死に方をした。こやつの面を使う」
光秀の返事を待たずして、秀吉の小太刀が一閃した。敗軍の将は、生きたまま顔の皮を削がれ、焼けるような痛みを味わう。そこへ「何か」を押しつけられる。今度は、身の毛もよだつような冷たさが、顔面から喰い込んできた。
【続く】
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