お悩み相談室のうらがわ037(国語教材の可能性)いつもより長い
レーモンクノーに触発されて二十代の頃作った教材です。これも現在お蔵入り状態です。
教材は、はじめの「メモ」を、視点や文体を変えながらひたすら書き換える、というものです。少し推理要素もあります。子どもたちと音読し、あーだこーだ言いながら、最後は子どもたちの視点でこの続きを作文する、という授業です。
メモ
その日は朝から雨が降っていた。正午過ぎ、N駅のホームに黒いカサを持ったスーツ姿の若い男が立っている。男は四角いメガネをかけて、派手な柄のネクタイをしめている。ホームに入ってきた電車で、一羽の鳩が男の頭上で羽ばたく。それに驚いた男は一歩あとずさり、後ろに立っていた女学生の足を踏んでしまう。女学生はなにか言葉を発したあと、鞄から文庫本を出して読み始めた。
予言
四の月の第三週目、その日は朝から雨に見舞われるだろう。朝と夜の間の時刻、君は北にある大きな駅のホームに、邪悪な色のこうもり傘を持ちスーツ姿で立つことになるだろう。なぜかその時君は変わった形のメガネをかけ、奇妙なネクタイをしめているはずだ。そして君は驚くことになるだろう。ホームに入ってきた電車によって一匹の鳩が君の真上で羽ばたくからだ。突然の不幸は君の背後の女性に訪れる。その女性はそれらから逃れるために、自分にまじないをかけ、お気に入りの小説を読む必要があるだろう。
おれ
朝から雨で最悪だったが、寝坊して何にも食べてなかったせいで俺は腹もぺこぺこだった。昼飯時に電車が予定通りに来ない。役立たずのカサのせいで、スーツは雨でびしょびしょだ。メガネはくもるしネクタイも首がしまって気に入らない。そのうえ、何が最悪だったかというと、鳩のやろうが急にばたばたやりやがったんだ。おかげでおれは本当に心臓が止まるかと思った。そういえばその時、何か踏んだような気がしたなあ。ま、腹が立ちっぱなしの俺には関係のないことだけどね。雨の日はやれやれだぜ。
わたし
春の雨って心が落ち着くんです。しっとりした気持ちで図書館にでも行こうと、お昼時にN駅のホームで電車を待っていました。心静かに雨の音を聞いていると、黒いカサを持ったスーツ姿の男の人が私の前に割り込んできたんです。ひどく疲れている様子でしたし、お仕事大変なのかしらって思いました。そのとき、ホームに電車が入ってきて、鳩がぱっと飛び立ちました。わたしは反射的にその愛らしい鳩の姿を目で追いました。きっと、私の不注意なんでしょうね…。足を踏まれてしまったんです。その男の人が気にしてはいけないと思って、「大丈夫です。」とつぶやきました。そのあとなんとなくきまずくて、私は読みかけの小説を読むことにしました。
隠喩
その日は湖の底に沈んでいる。一日の盛り、くすんだコンクリートの横穴に、小さな屋根をたたみ社会の毛皮を着込んだ一匹のいたちがしょげこんでいる。目の周りには大きなくまが染み付いて、ニシキヘビが巻きついている。大きな腹のカブトムシに驚いた平和が、いたちの意識をかき乱す。社交ダンスは失敗で赤いエナメルシューズに傷がつく。若い鹿はしなやかにジャンプして、若草の中に逃げ込んだ。
倒置
女学生は鞄から文庫本を出して読み始めました。「大丈夫です。」と言葉を発したあとでした。その時、彼女は痛みをこらえていました。というのも、足を踏まれたからです。一歩あとずさった男に。それは鳩が男の頭上ではばたいたことで起こりました。しかしそもそも、電車がホームに入ってきたから、鳩もばたばたしてしまったのです。男はネクタイをしめていました。派手なやつを。また、メガネもかけていました。四角いやつです。若くて、スーツ姿で、カサの黒いのを持って、ホームに立っていました。N駅です。正午過ぎで、その日は朝から雨でした。
俳句
春雨や 痛みをしのぶ 少女の眼
取材
―何時ぐらいのことでしたか。
「えー、十二時七分の高天原行き急行を待っている時でしたので、正午過ぎだったと思います。」
―どんな男でした。
「メガネをかけていましたね。ええ。二十代後半ぐらいです。スーツを着ていましたし、サラリーマン風でしたよ。背の高さはー、私と同じくらいかな。え、私ですか?私は一七八・八センチです。あ、そうそう特徴といえば、ネクタイが派手でしたよ。それはよく覚えています。なんか、赤と黒のけばけばしいやつです。」
―被害者の方は。
「いやー、それがよく覚えていないんです。おとなしそうなイメージは残っているんですが…。いや、私も鳩に気をとられていましてね。なんせ、異常なほど羽ばたいていましたから。鳩が。そりゃもうすごかったですよ。」
関西弁
その日はもう、朝も早よからえらい雨でしたわ。たしか、昼過ぎやったかなあ。ほれ、あの、N駅のホームに、くぅろいカサ持った、高そなスーツ着とる若い兄ちゃんが立っとったんですわ。ごっつい四角いメガネかけて、えらいオシャレなネクタイしめとったなあ。ほんでそうそう、その時電車がやな、「がたがたがたがたー」ゆうてホームへ入ってきよったもんやから、それ見て鳩が「ばたばたばたばたー」て、大げさに羽ばたきよってん。ほんだら今度はさっきの兄ちゃんが大変や。あんなかわいらしいもんに、えらいびびりよってな。その拍子にうしろのおねえちゃんの足「ぎゆううう」て踏んだんやわ。そらもうワヤでしたで。そっから?そっからどやったかなあ。たしか、どえらいケンカしてしたはったんちゃうかな。
語頭消滅
の日は さから めが っていた。 ょうご過ぎ、 ぬ駅の ームに ろい サを った ―ツ がたの とこが っている。 とこは 角い ガネを けて、 手な らの クタイを めている。 ―ムに ってきた ん車で、 ちわの とが とこの 上で ばたく。 れに どろいた とこは っぽ とずさり、 しろに っていた 学生の しを んでしまう。 学生は たみを らえ にか とばを わしたあと、 ばんから んこ本を して み めた。