たまご🥚ごはん
「マスター、TKGひとつ!あ、平飼いの新鮮なやつ、ある?」
「はい、ございます」
「じゃあそれで、TKG。あ、たまり醤油ね!」
「かしこまりました」
こんな小さな店で、でかい声出しやがる。
常田はカウンターのすみで、グビッとほうじ茶をあおる。
大体、一見のくせにカウンターの真ん中に座るとは、いい度胸だね。
「ねえ、ヒラガイって、何のこと?」
「平飼いってのは、地面にニワトリを放して飼うってことだよ」
「それって、フツウじゃないの?」
「いや、フツウはさ、ケージで飼うんだよ。だから、運動不足になるでしょ?それに比べて平飼いTKGは、健康的でサイコーにうまいってこと」
「へえ、よく知ってるのね、マサくん」
「お待たせいたしました、平飼いたまごと、白ごはんです」
「よぉ~し、フミ子、よく見とけよ?」
カチッ、カ、カシャッ
「よし、うまく割れた!それで、この器に白身だけ入れて、と」
「ねえ、どうして白身をそんなに混ぜるの?」
「白身をメレンゲにしてるんだよ。ほら、だんだん泡立ってきた」
「え~、お菓子作りみたい!」
店内に響く、箸と器の音。
「ふう、やっと角がたった。そして、ここに、黄身とたまり醤油をすこーしたらして、と…」
「きれ~い!」
「だろ~?これが究極のTKGよ!」
もぐ、んぐ、ぐ…
「んんめぇぇええ~!T・K・G~!」
「ええ~、わたしにも一口!」
カウンターの隅からおもむろに立ち上がる常田。
「こんばんは…フミ子ちゃん、だったかな?おせっかいを言って悪いんだけど、髪の毛にほこりがついているようだから、レストルームでとってくるといいよ。私はそこのマサくんと、少しばかりお話があるんでね」
「え?…あ、はい」
「な、なんだよ、おじさん」
こんばんは、マサくん。
さっきからTKGがどうのと、大声で話しているのが聞こえてきたんだがね。平飼いっていうけど、君は鶏が砂浴びをするって、知ってるかい?止まり木に止まって寝たり、ひなたぼっこをしたり、鶏にはいろんな習性があるんだが、知っているかい。
マスターが出してくれたこの卵は今朝採ったばかりの卵だから、白身の弾力がすごいだろう。それを君はメレンゲにして、台無しにしたんだぜ。しかし、食べ方はまあ、好みの範囲だ。許そう。だがな、ここは大人のBarだ。大きな声や耳障りな食器の音で、周りに迷惑をかけちゃいけない。
いい機会だから、教えといてやろう、マサくん。
このBarでは「TKG」なんて注文する大人はいない。「たまご、と、ごはん」これだけだ。ここのマスターは卵だけで常時ニ十種類仕入れているし、ごはんは全国から取り寄せた特Aランクの米をかまどで炊いている。「たまり」とわざわざ言わなくても、醤油は自家製のたまり醤油だ。
だからみんな「たまごとごはん」を注文して、白米を食べ、卵はのむんだよ。そしてときおり醤油をなめ、また白米を食べる。これが通のやり方だ。だがな、この世界にはさらに上がいる。
注文したたまごを割らずにちらっと見る。それで、ごはんを食べるんだよ。
「あの…ほこり、ついてなかったんですけど」
「おお、そうか、フミ子ちゃん。それじゃレストルームに向かう途中で落ちちゃったんだな、それは悪かった。さあ、おじさんとマサくんのお話は終わりだ。二人とも、元気でな」
チリリン…
「ああ、常田さん、いらっしゃい」
「マスター、いつもの」
常田はカウンターのすみ、指定席に座る。
出て来たほうじ茶のロックをうまそうにすする。
「常田さん、こないだは悪かったね。あの二人、お代はあのおじさんからもらったよって言ったら、目を丸くしてたよ」
「いやいや、おれも大人げなかったんだ。おはずかしい話さ」
「しかし、まあ、なんだね。常田さんもまだまだだね」
「ん?」
「わたしはね、ほら、そこ」
小さなテーブルには、鶏の尾羽が無造作に置いてある。
「わたしはそれを見ながら、白いごはんを食べるんですよ」
(了)