暗幕のゲルニカ

 原田マハさんの『暗幕のゲルニカ』は圧倒的な小説でした。物語は1937年から1945年にかけての20世紀篇と2001年から2003年にかけての21世紀篇が、いわばメーリーゴーラウンドのように交互に立ち現れるように描かれます。

 20世紀篇の主要登場人物は、大雑把にパブロ・ピカソ、ドラ・マール、 パルド・イグナシオで、21世紀篇のそれはヨーコ・ヤガミ(八神瑤子)、ルース・ロックフェラー、パルド・イグナシオといって差し支えないでしょう。

 もう少し説明すると20世紀篇は1937年4月29日のスペイン内戦下でゲルニカが空爆された日にはじまり、それを契機としてピカソがゲルニカを一気に書き上げる過程が、恋人にして写真家であったドラ・マールの視点から克明に描かれ、さらにはナチス・ドイツによるパリ侵攻と解放に至るまでが物語られます。

 21世紀篇は、2001年9月11日にニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤める日本人キュレーター八神瑤子が、夫イーサン・ベネットと死別する日から始まります。
 その後、いわゆる「9.11」の報復としてアメリがアフガニスタンに続いてイラクを、次なる標的として名指しし、糾弾する旨の記者会見を国連安保理のロビーで時の国務長官が開いた際に、背景にあったピカソの「ゲルニカ」に暗幕がかけられていたことで、瑤子が自身が企画した「ピカソの戦争」という展覧会に、「ゲルニカ」を出品できるかどうかまでが描かれます。

 この『暗幕のゲルニカ』は、直木賞候補にノミネートされていますが、受賞には至ってはいなかったようです。まさに、候補作になったが、受賞することがなったという点が、この作品のすべてを物語っているような気がします。
 候補作に選ばれるだけの筆力は十二分に感じ取ることができます。にもかかわらず、受賞できなかったということは、そこに何らかの瑕瑾があったということでしょうか。

 私見によればそれは、物語の要の部分がブラックボックス(ネタバレを防ぐためにこのような曖昧な言い方になっていますが)になっているからだと思います。  
 さらに、直木賞の選評を読むとストーリ上の夾雑物への言及がありますが、それは好みの問題のようにも思います。
 なぜなら、物語の最初の方から、いわば伏線として十分に匂わせていますので、個人的には伏線の回収として、予想できた展開だったからです。その意味では夾雑物(余分)だとは思いません。

 いずれにしても数々の受賞歴に輝く原田マハさんにとって、もはや直木賞云々は眼中にないのかもしれません。読者としては、元キュレーターの経歴を生かして、この種の芸術家小説の名作を原田さんが、これからも発表し続けてくださることを祈るばかりです。

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