世界の潮流より早いコラボーレーションタイプのリーダー V6坂本昌行くん
【四半世紀のアイドルファンが想うこと★V6★ vol.56】
今は何が売れるのか、なかなか先が見えない時代だ。
そんな時、組織を率いるリーダーは悩みが多いだろう。
昭和はいい物をたくさん工場で作って売った。
今は性能がいいだけではすぐには売れない。
リーダーにとって、何が正解かわかりにくい時代だ。
性能さえ上げれば売れた時代なら、リーダーは、統率力を発揮して、メンバーに発破をかけて少しでも早く良い物を作らせ、営業にガンガン売りに行かせればよかった。強烈なリーダーシップをもったリーダーが、上意下達で命令して組織を動かした方が効率的だった。
1995年にデビューしたV6のリーダー坂本昌行くんは、そういったタイプのリーダーではない。
最初の印象的なエピソードとして、事務所からV6のリーダーをやってくれと言われた坂本くんは、自分にできるかと迷い、イノッチこと井ノ原快彦くんに「井ノ原、やってくれないか」と言ったことがある(本人談)。
結局、イノッチがリーダーをやることはなく、リーダーはずっと坂本くんだ。
V6の最初は、坂本くんは、芸能界に入って2ヶ月でデビューすることになった当時14歳の岡田准一くんに業界のイロハを教えた。森田剛くん、三宅健くんにも、挨拶などを教えた。若い3人(剛くん、健くん、岡田くん)のお目付け役的な感じだった。
また、最初の頃は、リーダー坂本くんと他のメンバーと一瞬(ほんの一瞬ですよ、一瞬)険悪な雰囲気になったこともあったそうだ。
しかし、ファンの目から見て、そんな雰囲気はまさに一瞬でたち消えた。
その後、メンバー間での建設的な意見のやり取りが、コンサートの密着メイキングなど見ても、今に至るまで続けられている。
坂本くんのリーダーとしてのあり方を見ていると、似てるなと感じるのが、ファブリーズや洗剤のアリエールなどのメーカーであるP&Gだ。
P&Gが業績不振に陥っていた2000年、アラン・ラフリー氏が社長になった。
何を作れば売れるのか正解が見えにくい時代になっていたが、ラフリー氏は上意下達を止めた。
そして、会社の中に目的が違う小さなチーム(小ユニット)をいくつも作った。それが他の会社や会社の外の研究者とつながって新商品を作る。
結果的にそこからたくさんのヒット商品が生まれた。
坂本くんもラフリー氏と近い。会社をV6とすれば、”小さなチーム(小ユニット)”は、一人ひとりのメンバーだ。
イノッチは、そのコミュニケーション力で業界の色んな人とつながったのだろう、「あさイチ」のメインMCというスゴい仕事を任された。
岡田くんは、3つの格闘技を身に付け、それぞれのインストラクターの資格を持ち、それらの格闘技の世界とつながりを持つ。そして、数々のアクション、時代劇映画に主演している。
その他のメンバーも、食の変態長野博くんは食の生産者とまでつながりを持つし、手話でEテレの番組まで持つ三宅健くん、数々の人気演出家に主演として呼ばれて難しい舞台で研ぎ澄まされた演技力を発揮する森田剛くんなど、各メンバーの得意分野で外部とのつながりを持つ。
しかし、小ユニット=V6のメンバー が外部とつながっていいものを生み出す過程は、複雑で先が読めずルーティン化できない。
P&Gのラフリー氏は、リーダーは、このハッキリしない状態に耐え、外部との連携をすすめるコラボーレーション(協力)のタイプであることが必要だと言う。
坂本くんもこれに近い。自分一人でV6をなんとかしようとするのではなく、メンバーが好きな分野で外部と協力することを尊重して任せている。余計な口出しはしない。
そのような坂本くんのリーダーのあり様が、一人ひとりのメンバーが自由に外部の人とつながってタレントとしての厚みを増していくこととなった。それがV6自体の魅力となって、現在までV6が続いているのだろう。
先の読めない時代と言われるが、元々芸能界はそういう世界だ。
V6のデビューは1995年、ラフリー氏がP&Gの社長になったのは2000年だ。V6の方が早い。坂本くんは、世界の潮流より早く、コラボーレーションタイプのリーダーであったのだ。