どんどん進化する三宅健くんのファンでよかった
【四半世紀のアイドルファンが想うこと★V6★ vol.233】:土曜更新
私が三宅健くんのファンになったのは、健くんが10代半ばのころだ。V6がデビューした翌年の1996年、健くんもなかなかに自由だった。
いや、今も自由なのだが、若さもあり、もっともっと自由だったのだ。
V6の写真集とかでも、Coming Century(森田剛くん、健くん、岡田准一くんのV6の年下3人のユニット)が泊まったホテルの部屋は散らかり放題だった(笑)
そんなこんなで30年近く経った。
それでこの間健くんのYouTubeを見ていたら、懐かしの「伊東家の食卓」の健ちゃんバージョンの「健ちゃんの食卓」をやっているが、そのゲストに伊東四朗さんが来てくれた!
そうしたら、伊東家の食卓の当時、伊東四朗さんから健くんが日本語の大切さを聞かされたという話が出た。
軽く受け流す人もいるだろうが、健くんはそのことを胸に刻み、母国語である日本語の正しい使い方を意識するようになった。
建くんは表立って何をどう勉強したかは言わないが、正しい母国語を話すには本を呼んで勉強しなければできない。
アイドルとして泥臭い話はしないが、「伊東家の食卓」の頃から、ずっと意識してきたのだろう。
そのYouTubeでも、健くんは「二重敬語はおかしい」って話をしていた。色んなことに配慮しなければならないこの世の中、怒られないようについつい丁寧に丁寧を重ねてしまい、二重敬語も気がつけば無意識に使ってしまう。
健くんは、そのYouTubeで、僕の躾がいいからファンの子も正しい日本語を使うと言ってた。伊東四朗さんからは躾ってこらこらとたしなめられていたが、いいんです、我々ファンは推しに躾けられてるんです。
ここ30年近く見てると、健くんが日本語だけでなく、所作や生活でもどんどん丁寧に生きていこうとしているのが伝わってくる。
前も書いたが、食べてるところが映る芸能人という面もあるが、健くんは食べ方もとてもきれいだ。
よく見てると、指先の所作もとてもきれいた。体のいたるところが相手にどう見えるのか、ずっと意識してきたことが伝わってくる。
生活も、自分の部屋の全景を見せることはしないが、家で育ててるサボテンの写真から垣間見える部屋の様子は、物も厳選され、とてもきれいに保っていることが伝わってくる。
自由でめちゃくちゃな10代から、丁寧な大人になることは急にできることではない。
健くんは、自分たちが当たり前に喋る母国語についても、伊東四朗さんの言葉にいい意味で引っかかり、それを胸に留めて、正しい日本語を勉強しながら生きてきて、その結果が今の健くんだ。
これからも年数を重ねるともっともっと丁寧ないろんなことを身に付けていくのだろう。
照れ隠しなのか、いいことを言った後にドSっぷりを見せたり、スタッフの前で自由に振る舞う健くんもまたいいのである。
私はもともと幼い頃はマンガやアニメが好きで(今も好きだが)、一度好きになったキャラクターは作品の中で生き続け、基本的に年を取ったり消えたりすることがないから、自分の中の永久を楽しめた。
それが生身のアイドルのファンになって、もし急に引退したらとか色んな心配が潜在的にあって、何で生身の人を好きになったんだろうという不安が無意識につきまとっていた。
しかし、年数が経つごとにブラッシュアップしていく姿、そしてこれからもそうしていくんだろうという姿を見ていると、三宅健というアイドルのファンになってよかったと心より感じる次第である。こんな心境は本当にいい意味で予想外なのである。