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最近読んだアレやコレ(2022.12.31)

 既にあけておりますが、以下の4冊は全て年内に読んだもののため、記事タイトルは12月31日としております。大晦日は酒を飲み、うとうとしている内に0時を過ぎてしまい、2022年と2023年の境界線があいまいなまま新年を迎えてしまいました。明確な切り変わりを実感できないという点でアナログな年明けであり、切り替わりの瞬間が断絶し連続的でないという点でデジタルな年越しであったと評価しています。今年の目標は特にありませんが、昨年、〈八木剛士・松浦純菜〉シリーズを読み終わったので、新たに何らかのマラソンをやりたいなという気持ちがあります。物理書籍を読書ツールではなく読書体験を呼び起こすトリガーとして購入し、インテリアとしての機能を期待している身としては、積み本は空間を圧迫するただの邪魔な紙の束でしかないので、さっさと中身を読んでそこに意味と価値を付与したいですね。死体を埋めねば、墓は墓として機能しないから……。

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11文字の檻 青崎有吾短編集成/青崎有吾

 短編集。福知山線脱線事故を事故を題材とした短編、ガチガチの本格推理短編……とカロリー高めの良作に舌鼓を打っていると、何故か急に「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」の二次創作小説を読まされ、「これは……本気(マジ)だな」と居住まいを正すこととなりました。東京創元社の気合いが入りすぎている。バラエティ豊かの度を越し「雑多」と呼んでしまってもいい幅の広さで短編を集めたこのアルバムは、前半はその自由さによって読者を愉しませ、後半はそうしてバラまかれた無数のピースを2つの傑作短編「恋澤姉妹」「11文字の檻」に収斂させることで、1冊を閉じています。2人きりの世界のために全ての観測を拒絶し殺しつくす姉妹を追うロードームービーと、閉ざされた檻の中で思考と行動のみを繰り返し11文字のパスワードににじり寄る推理劇。探り暴く行為にまつわる感情と、理を推しはかることが持つ力。純度高く突き詰められたテーマは、「テーマ」というお気楽なくくりを越え、「信念」と呼んでいいただならぬ迫力をこの2作に与えています。要するに「俺の考える最強の百合小説と推理小説を読め!」を真正面からぶつけられる素敵な体験がこの1冊にはありました。


そして誰も死ななかった/白井智之

 孤島に集った5人の推理小説作家。館に置かれた5体の泥人形。隠されていた5人の共通項。謎の女。館の秘密。そして始まる連続殺人……下ごしらえの全てをガッチガチのテンプレートで塗り固めた上で、全力でちゃぶ台をひっくり返す気持ちよさ。そうしてぐちゃぐちゃになった推理小説のテーブルから、1つ1つ破片を拾い集め、綺麗に組み上げてゆく心地よさ。自分で全部ぶっ壊しておきながら、その後片付けも全部自分できちんとこなす……この何とも言えない馬鹿馬鹿しいひとり遊びぶりこそが、レイヤーを上に上に重ねながらも決して変わることのない、推理小説の「遊戯性」という魅力なのだと個人的には思っています。そう、これは遊びです。ドロドロの死体損壊と凄惨な皆殺しから始まる、正真正銘にタイトル通りの推理合戦の乱痴気騒ぎ。極限状況に置かれながらも、登場人物たちが減らず口を叩き合い、推理に興じているほのぼの具合は、ガハハと笑えるくだらなさがあってたまりません。遊びなのでどう見てもふざけているとしか思えない、気の狂ったような推理も飛び出します。真相が明かされた後に描かれる、どこか悲しく、それなのにやっぱりとぼけているラストシーンも絶品で……。多重推理ものの傑作だと思います。とてもおもしろかった。


人間に向いてない/黒澤いづみ

 メフィスト賞受賞作。人間が異形に変貌する異形性変異症候群ミュータント・シンドロームが流行した現代。その感染者の多くは、何故か無職の若者が占めていた。本人がグレゴール・ザムザするのではなく、我が子がグレゴール・ザムザしてしまった母親が主人公を務めているのがスペシャルな点であり、またその主人公も(善良ではあるものの)わりとあんまりよろしくない意味で凡庸な人物なのがおもしろい。彼女の思考や想像の域を出ることなく展開される物語はとことん恣意的かつ閉鎖的であり、作中において何かしらの大きなイベントが起きるわけではありません。クローズアップされる母親たちの互助団体や、関わった他の登場人物を語り切ることもほぼなく、彼女のお話は、掌ひとつ分の小さな右往左往の連続として描かれてゆくことになります。「愛する家族が生理的嫌悪感を催す異形になってしまった」という題材でありながら、実際の異形達がかわいらしくユーモラスに描写されているというアンバランスさは、決して瑕疵ではなく、この作品の肝であるでしょう。衝撃や露悪にブレないからこそ、等身大の困惑の連続の先にある小さな納得に肯きうるし、肯きえなかったとしても他人事として飲み込みうる。一見、お行儀のいい作品ですが、このパッション溢れる佇まいはメフィスト賞の血をしっかり通わせていると思います。


名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件/白井智之

 その街では毒を飲んでも死なず、千切れた四肢も生えてくる。奇跡を信じるカルトの村で起きる連続殺人。「奇跡」と「現実」。2つの真実に立脚し、探偵が組み上げる論理が導く結末は? ……狂気の沙汰。古野まほろ『ぐるりよざ殺人事件』、井上真偽『聖女の毒杯』、依井貴裕『夜想曲』などと同じ、骨の髄まで探偵と推理に狂った創作者が、持つ力全てを捧げて組み上げたとしか思えない謎解き物語のハイエンドが本作です。小説として書かれた全ての語句は一切の無駄なく解決編の贄として供じられ、登場した全てのキャラクターは精緻に絡み合う複数の解決編と、そこから導かれる「物語」としての必然的決着を描くための画材となる。小説として持つ構成要素の全てに、強い意味と価値を付与せしめ、それらを全くほつれさせることなく編み上げたこの神々しいまでの「完全性」は、「推理小説を書く」ということの凄まじさと異常さを証明しています。「あらゆることに意味がある」不自然な世界観は、「あらゆることに意味を持たせる」幼稚な暴力に転換しうる。全てに意味がある世界を完全に組み上げたからこそ、そこに宿る真実を語ること、虚構を語ることの何たるかを描くことができ、そしてその先にあるものに届きうる。パズルは物語ではなく、物語はパズルではない。しかし、狂気にも似た執念によって魂を込めて作り上げたパズルには、物語が宿るのだと思います。大傑作です。凄すぎて読んでてちょっと怖かった。


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