見出し画像

【小説】ヴァンスのクソ野郎この野郎

 私はたぶんミステリファンに分類できる人間だと思うのですが、メフィスト賞全盛期の講談社ノベルスの血肉を啜り青春の糧としてきた人間なので海外古典ものはさっぱり読めておらず、ここ数年まあチャレンジしてみるかとクイーンとかカーとか読んでみたりしており、これがまあめちゃくちゃおもしろい。キャラクター小説として超一流だし、現代のスピード感では不可能なリズムには新鮮さがあるし、何より扱われている内容が全く古びていない。古びていたとしても「新しいことをやってやる」というガッツにみちみちており、本質的にそこに古さがない。どいつもこいつも目をギラギラに光らせながら小説を書いており、マジだ。「本物」だ。

 で、最近、ヴァン・ダインのファイロ・ヴァンスシリーズをちまちま読んでるのですがこれがまたとんでもなく新しくておもしろいんですよ。我々は「ヴァン・ダインです」とか言ってキャッキャしてる場合ではなかったのだ。ヴァン・ダインを読め。オールドスクールを知れ。ビッグマスターフライもそう言ってる。あ、私はネタバレはする気はないですが、この後、ギリギリかするようなことを書いてしまうので気をつけてくださいね。

 ファイロ・ヴァンスシリーズにはファイロ・ヴァンスという名探偵が出てくるのですが、こいつがまあ鼻もちならない腹立つクソ野郎で、検事のマーカムくんやら刑事のヒースさんやらに、「はああ~~~最近の警察の捜査は実に非科学的でダメだな~~~~」とか「的外れの捜査に的外れの推理ばっかしてて嘲笑えるぜ~~~」みたいなクソのような煽りを垂れ続けるんですよ。しかしまあ、名探偵が偉そうで嫌味なクソ野郎であることは古くからの定めであり、そこでそのクソ野郎がスパッとロジカルかつクレバーな推理を披露し、真相を言い当てるからこそ、そのクソ野郎ぶりがいい方向に光るわけじゃないですか。で、このヴァンスはと言えば……。

「犯行の心理学的性質がはっきりと特定できれば、あとは、所定の状況のもとでこの種の仕事をする場合に、いやおうなくそれとまったく同じやり方をするであろう精神と気質の持ち主を、関係者の中から見つけさえすればいい。(中略)だから、最初の日の朝、状況をひととおり見たとたんに、●●●がやったことだとはっきりわかったんだ。どう見ても、この事件には●●●の性格や精神構造が心理学的にあますところなく表れていたよ」……『ベンスン殺人事件』 S・S・ヴァンダイン、日暮雅通 訳、創元推理文庫 p.366 ※●●●は犯人名なので伏せました。

 何言ってんだこいつは。ただの印象論じゃねーかファック! ……いや、印象論ではないのである。作中でヴァンスの野郎はこれを心理学的推理と呼び、最先端の科学推理であると説明している。説明した上で、アリバイ調べたりとか物証調べたりとか容疑者の話を聞いたりとか、通常の推理小説的な手続きを鼻で笑い馬鹿にしくさっている。つまり、これは通常の推理小説にない新しい真実へのアプローチ手法を構築してみせた推理小説で……いや、納得できるかそんなもん。

 そう、ヴァンスシリーズの何が最高かって、ヴァンスの推理が何一つ納得できないクソみたいな妄言にしか聞こえないことなのだ! 異界の論理による真実看破! 謎という不条理をはるかに超えた大きさで立ちふさがる推理という不条理! どれだけ妄言に聞こえようと、納得できなかろうと、それが探偵の推理である以上「絶対の真実」であるという暴力! 読者には理解できない過程を通して、人の身、言語という不自由なツールでは決して行き着けない「絶対の真実」に行き着けてしまう神さま……つまりは名探偵。お前は榎木津かと言いたいところですが、このヴァンスの野郎、なんと一般的な推理らしい推理も作中で披露してくれます。で、「お前ら人間のやるこの推理という奴は欠陥品だな~~。ほら、Aを犯人にすることもできる。Bを犯人に推理することもできる。幾らでも答えを量産できるぜ~~」と一人多重解決をやらかすんですよ。お前は京極堂か。京極堂と榎木津の能力を併せ持つクソ野郎。これが最悪の暴力でなくて何なのか。なんて嫌な奴なんだ。マーカムくんとヴァン・ダインくんは本当にこいつが友達でいいのか。

 いやあ、本当にこういう歪んだミステリ大好きなんですよ。それにしてもこんな劇薬を書いておきながら、二十則とか言い出すヴァン・ダインは何考えてるのかさっぱりわからないですね。悪いジョークか? あと、私はまだ、デビュー作の『ベンスン殺人事件』と続編の『カナリア殺人事件』しか読んでいないのですが(前者はヴァンスの野郎のコンセプトが最も効く形で示された見事なプレゼンであり、後者はかの有名なポーカーによるフーダニット(犯人当て)によってその推理の異形性に強烈にぶん殴られる傑作で、もうヴァ、ヴァンスクソ野郎この野郎~~!!って感じで大変よろしかった)、恐ろしいことに世間一般的には次の『グリーン家殺人事件』とさらにその次の『僧正殺人事件』が傑作扱いされてるらしいじゃないですか。これ以上おもしろいってどういうことだよ。ヴァンスの野郎は次は私に一体どんな暴力をふるってくれるんだ? 

この記事が参加している募集