『軍師連盟』はまるでラニスターだらけの『GoT』
司馬懿が主役の『軍師連盟』。『三国機密』と同じ脚本家で、おもしろそうだと期待してみています。ただ、『陳情令』を先に見るので、曹操が亡くなったところで止めまして。
そこまでの覚書でも。
『三国志』ファンにすら勧めにくい奇妙で陰湿な話
本作はかなり変わっています。佐藤信弥氏『戦乱中国の英雄たち』でも指摘されていたように、本作の世界観は正史でも『演義』でもなく『世説新語』寄り。曹丕が馬にアロマをガンガン焚いていたなんて逸話はちゃんと典拠がありますが、そういう小ネタを追いかけたいだろうかとは思います。そのくせ赤壁のような主要な合戦は飛ばすと。
予算があるという触れ込みの割に、合戦がない。じゃあ何をしているかというと、オリジナル陰謀! 拷問! 投獄! しかもそれをやられるのが曹丕と曹植の兄弟。曹操の家庭方針は何なのか疑念を感じるばかり。魏の人物を中心として出てくるものの、この二人の太子の座をめぐる人物に集中しています。
司馬懿が主役であるものの、曹操が亡くなるまではずっとこの陰謀に翻弄されるばかり。武侠マスターの妻・張春華が爽快感をもたらすものの、極めてストレスフルな話です。
イケメン司馬懿を描き、彼の言い分を描くのかと思っていたら、そう単純でもないらしい。ハラスメントで精神が摩耗した結果、最低最悪の魏晋交替になるということは伝わってきました。
ここまで爽快感のない、陰湿な三国志ものも珍しい。
私はどんな曹操もだいたいいけます。例外は『蒼天航路』くらい。しかし、そんな私でもこの曹操も鬱陶しすぎてとっとと退場しろと思いました。荀彧自害の下りはもう今まで見た中で最悪のパターンだったかもしれない。
こう書くと「じゃあ見ない方がいいのかな?」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。これは中国が時代劇で実現したいことを理解するためにも、必見の佳作と言えます。
ポスト『ゲーム・オブ・スローンズ』の時代劇
このドラマの曹操はやはり『戦乱中国の英雄たち』の指摘通り毒親です。曹丕と曹植を競わせることでより強い後継者を得る。それが彼の合理性とWikipediaでは書かれていますが、むしろ我が子や周囲を無駄に傷つけ失敗しているとしか思えません。曹操は、自分は誰の心でも操ることができると思い込んでいますが、そんなことはない。
本作の曹操は中国文学におけるキャラクターよりも、『ゲーム・オブ・スローンズ』のタイウィン・ラニスターに似ていると思いました。
あのタイウィンは、我が子を駒として扱い過ぎた結果、復讐されて死ぬという毒親です。『軍師連盟』とは、『GoT』のキングスランディングパートを凝縮したようにも思えます。さしずめラニスターが魏で、スタークは蜀といったところでしょうか。
タイウィン・ラニスターのような曹操は、自分がすべての局面を操ることができると思っているけれども。そうではなく、リトルフィンガーことピーター・ベイリッシュにしてやられておりました。あのリトルフィンガーにあたる人物が司馬懿かもしれない……ここまで書いてきて、そんな『GoT』はかなりやってられないと思えてきました。いやいや、『軍師連盟』はおもしろいですよ。万人には勧められないけど。
本作は確実に『GoT』を意識しているドラマだと思えます。2010年代以降の歴史劇は、多かれ少なかれ影響は受けるでしょう。
そう気付かされたのは、満寵がネギに味噌をつけてかじりながら拷問する場面があったこと。なんとまあ露悪的なことか。拷問だけでも十分悪趣味なのに、食事を加えるとどうしようもないほど不快感が募ります。『GoT』でも、去勢したシオン・グレイジョイの前でラムジー・ボルトンがうれしそうにソーセージを頬張る場面があった。そういう効果を狙った演出じゃないかと閃いたんですね。
雪原の中に横たわる屍を俯瞰目線で写し、合戦があったと見せるとか。張春華がアリア・スタークじみた動きを見せるとか。随所随所に意識しているんじゃないかと思える場面はあります。
強調したいのは、別に安易な『GoT』パクリじゃないということ。安易な『GoT』パクリというのは、メインテーマ曲を流用して炎上したような某ダメドラマのことですって。
『GoT』が示し広げた可能性というのは、残酷で不愉快な歴史を描くことで、むしろ視聴者を惹きつけることではないかと思えます。我が国の歴史はキラキラで〜す! そういう愛国無罪ワールドがウケたのはせいぜい20世紀まで。むしろ悲惨な歴史を克服したこと。理不尽な制度を描くことが求められているかもしれない! そんなアプローチを中国史に求めた結果が、毎回収監と拷問を繰り返す『軍師連盟』の挑戦ではないかと思えるのです。安易なパクリではなく、むしろこういうアプローチなら我が国が本場だと示すような、正々堂々、大胆不敵な要素が随所にあります。
『軍師連盟』……むしろ中国は共産党の顔色ばかりうかがっていて、プロパガンダばかり作っている言い張る層にこそ見てもらいたいかも。このドラマを見ていると、彼らはどうしようもない連中で、まったくもって信じられない奴らばかりだとウンザリさせられます。曹操が死ぬあたりまではまだまともそうな曹丕も、司馬懿も、これから先はどんどん心が朽ち果てていくことも想像できる。そういうえげつないドラマを自国の歴史で作ってこそ、エンターティメントではないかと思うのです。
日本の大河なんて、天狗党美化ですからね……安易な美化だけの歴史ドラマって、世界的にもう需要がないと思いますが。