榎本武揚がぶち壊した最終回
今回は論争となった『ゴールデンカムイ』最終回について、真面目に考えてみます。
樺太千島交換条約締結に尽力した榎本武揚を肯定的に出すとは!
最終回についてはさまざまな否定論がありますが、私としてはこの一事だけでもぶち壊しだと思います。
ラスボスとまではいかずとも、その側近のような相手を褒めてどうするんですか。土方歳三とは箱館戦争で戦った。その和民族側の都合でどうして彼を肯定するのでしょうか?
“あの”黒田清隆の右腕だった榎本武揚
黒田清隆とその右腕となった榎本武揚は、北海道開拓を進めた名コンビとされます。
しかし時代は変わり、歴史観の見直しは進んでいます。2020年代の歴史観で考えたとき、果たしてこの二人は褒めて良いものかどうか?榎本が学んできた最新の科学知識は、北海道開拓において確かに発揮されました。榎本武揚の実績については、既に十分に顕彰されているのではないかと思います。
『ゴールデンカムイ』――徹底した考証と調査に基づくアイヌ文化描写が高評価の一因とされてきました。大英博物館のマンガ展において、ヒロインであるアイヌの少女・アシㇼパがメインビジュアルに選ばれたように、国際的にも高評価を受けています。しかし、最終盤になると展開に批判がつきまといます。最終巻や最終回には失望したという意見も噴出したのです。
その一因として、今回は最終回に登場した榎本武揚を断罪します。
『ゴールデンカムイ』では、箱館戦争において土方歳三が戦死していない設定が採用されていました。この土方の愛刀である和泉守兼定を託された主人公・杉元が、榎本武揚に会いに行く場面があるのです。
榎本が土方を覚えているものだろうか?
榎本はそこでしみじみと、箱館戦争での土方のことは心に刺さったトゲだったと語ります。果たしてそうでしょうか? 新選組は明治時代にともかく嫌われていました。特に薩長関係者が多い政府関係者はそれこそ徹底的に嫌っています。政府に近い榎本が、そんなふうにしんみりと土方を気にしていたと知ったら、旧幕臣たちは「ケッ」と鼻で笑い飛ばしかねない話です。ここで榎本に、杉元たちから本作の鍵となるアイテムである6カ国大使が承認した公式文書が託されます。
これを言ってはなんだけど、先住民相手の文書を“あの”列強が遵守するのかどうか?
箱館戦争では、イギリスが国際法を出し抜く方法を用いて、明治新政府を援助し、終結に導きました。イギリスは幕末史において内政干渉を繰り返してきました。その目的とは、ロシアにぶつけるための傀儡国家を建設することでした。
幕府はその危険性を見抜いていたため、イギリスの敵であり、かつ危険度がイギリスとロシアよりは低いフランスを味方につけていたものです。
さて、そんな幕末の国際関係からから考えてみますと、あのキーアイテムである文書も、実は通じるかどうか甚だ怪しいんですね。
榎本と、あの文書の時点で、かなりあやしくなってきます。さらに作中の榎本は上乗せしてくるんです。
なぜ、信頼できる政治家として彼を出すの?
なにせ榎本は、「信頼できる政府筋の人物」として、伊藤博文と西園寺公望の名前を持ち出します。この二人をそうそう信じていいのかどうか。
特に伊藤博文をあげたことで、アジアの読者からそっぽを向かれても仕方ないとしか言いようがない。明治政府の薩長閥政治家を素直に褒めちぎる海外の方なんて、司馬遼太郎史観を信じきった認識が古い方か。英米ありきの歴史観を素直に飲み込んでいる方か。まあ、いずれにせよ、こと東アジアでは少数派でしょうね。
だから黒田清隆の右腕という時点で…
そもそも榎本自身の見識が怪しい。榎本武揚が全面的に信頼していた人物が、あの黒田清隆というのがまずい。北海道の歴史からみると決定的にいけません。『ゴールデンカムイ』のヒロインであるアシㇼパの父ウイルクと、その盟友であるキロランケは、樺太出身です。彼らは樺太に住む先住民が蹂躙される様に憤り、それを止めるために立ち上がりました。
こうも樺太の先住民が追い詰められたのは、榎本武揚が締結した「樺太・千島交換条約」に大きな原因があります。徳川幕府は樺太に所有権があると認識しており、ロシアからの警備のために会津藩士を送り込んだこともありました。ところが明治という国家は、前述の通りイギリスの干渉を受けつつ、成立しています。ロシアへの対抗策として利用したいイギリスとしては、樺太問題で日本とロシアが対立することは好ましくないという考えでした。そのため、パークスが強引に干渉し、樺太を手放すように条約を締結させるのです。
日露戦争後、南樺太のみが日本領となるも、アジア・太平洋戦争により、ソビエト連邦に領有されました。この日本とロシアの国境線の引き合いの中、樺太先住民は壊滅的な打撃を受けます。度重なる移住に耐えきれず人口は激減。文化も失われてゆきます。黒田清隆は血気盛んで強引、暴力的な性格です。移住に従わないアイヌがいると武力で脅迫して強制しました。アイヌは日本国籍を有すると判断されたため、第二次世界大戦後、樺太アイヌは日本への移住を余儀なくされました。彼らは樺太に住んでいたのに、政治的な事情で戻れなくなってしまったのです。
北海道各地には、黒田や榎本がいかにしてアイヌの伝統や文化を奪っていったか、その爪痕が残されています。そんなアイヌを加害し、ウイルクやキロランケを絶望させた人物が、『ゴールデンカムイ』最終回で肯定的に出てくるとは――賛否両論もやむなしではないでしょうか。
旧幕臣からも好かれていなかった榎本
福沢諭吉は榎本武揚を『痩せ我慢の説』で罵倒しました。この草稿に目を通した旧幕臣の栗本鋤雲榎本は、こりゃいいと太鼓判を押しました。榎本は幕臣の中でも嫌われものワーストクラスなのですね。約束を守り切る誠実な人物とあ言い切れない部分がある。個人の誇りや約束よりも、科学的探究心や国家の利益を重視する傾向があります。おいおい、よりにもよって榎本武揚に、やっと手に入れた大事な文書を渡していいのか、アシㇼパさん!――そう呆気に取られた私のような読者はいたということです。じゃあ誰がよかったのでしょう? 明治末の時点で生存していて、かつ土方と繋がりがあり、政府にも関わるとなると難しいことは確かなのですが。実に難しい話ではありますが、でもだからといって榎本はねェよ!
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