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【書評】佐藤信弥『戦乱中国の英雄たち』

 三国志、『キングダム』、宮廷美女たちの中国時代劇――。
 そうサブタイトルがあり、『三国志 Secrets of Three Kingdoms』と『陳情令』が帯を飾る。他はまだしも、毒親・曹操だの、偽君子・劉備とは一体何なのか?
 帯の時点で掴みにくる。そんな一冊です。

めんどくさい華流ドラマをどう説明するか?

 まさに待望の一冊がでました。
 私は仕事柄、歴史劇がらみのレビューもよく読んでいるのですが、基本的な知識があやしかったりするものが結構あります。『ゲーム・オブ・スローンズ』関連は固有名詞の訳まで間違っているものも見かけますが、あれは一体どういうことなのか!

 と、いきなり話がずれた上に怒って申し訳ありませんが。
 華流ドラマは無茶苦茶めんどくさい。歴史、文学、思想、それに海外からの影響まで把握せねばならず、そこでコケている記事もよく見かけます。その点この一冊はそういうミスがないので、ストレスなく読めるのです。

オリジナル武将を倒す三国志ものって、無双の山賊退治ステージですか?

 章立てもわかりやすい。いきなり上級者向けにせず、まずは日本で特に人気の高い三国志ものから取り上げます。見どころがすっきりとまとまっているし、淡々とした説明でありながらどれを見るべきかわかって素晴らしい。
 とりあえず、『三国志趙雲伝』は見なくていいとハッキリわかりました。オリジナル武将を倒すRPGドラマって、誰の需要があるのでしょうか? 無双シリーズでは序盤山賊退治をすることになりますが、そういうことを延々としているようなものということでしょうか? 趙雲の知名度があるからって、日本もなんでこんなもんを買い付けるんだ……。

 そういえばグーリーナーザーさんは、このドラマとあのコケた『真・三国無双』映画版の両方で貂蝉を演じているそうですが、いろいろ心配になりました。
 ここでわかることがある。
 華流はなまじ本数が多いだけに、とんでもねえ駄作が紛れ込むことが! 日本の大河ドラマのように、なまじ一本勝負のせいでコケると悲惨な状態より恵まれているとは思いますけど。
 それでもきっと『新解釈・三国志』よりはマシなんだろうなぁ。
「渡辺直美が貂蝉ってウケるでしょー!」
 という薄寒いジョークはないわけですし。

能力主義をどう活かすか?

 現地の中国ドラマの感想やら何やらを見ていると、厳しさに驚かされます。
「顔面偏差値が低いからダメだ!」
 こういう意見がバンバンある。周瑜すらイケメンでない役者だった、そういう時代はとっくに終わった。
 香港台湾は比較的小柄な役者さんが多かったものですが、大陸の役者さんはスタイルもよろしい。どこを見ても全員美男美女! そういうドラマもバンバン出てくるわけですね。それを「小鮮肉」と呼ぶと本書は教えてくれます。「イケメン」も結構使うらしいと聞いたこともあります。
 と、この章はイケメンイケメンイケメン……なのです。でもイケメンさえいればいいわけじゃないし、『キングダム』便乗すればいいわけでもない。何が言いたいかというと、本書でも評価が低い『コウラン伝』を買い付けて日本語吹き替えまでつけて放送するNHKはどうかしてる。受信料をドブに捨てるような真似は勘弁してください。
 そうそう、『大秦帝国』はイケメン推しで、さんざん「プロパガンダ!」だの習近平自己正当化だの海外で言われているけれども、そういうノリでもないと。
 ちなみに始皇帝周辺だと、あの嫪毐はイケメン化が定番になりつつあるようでして。まあ、ナニがデカくて車輪回しという理由はドラマだと採用しにくいからね。仕方ないね。巨乳萌え〜もいい加減にして欲しいよね。中国はそのへん厳しいから避けそうですけど。

 章タイトルはそこでなく、実力主義についても書いてあります。秦の全土統一は実力主義を用いたからとある。このへん、儒家と法家思想のせめぎ合いですよね。乱世には実力主義でもいいけど、泰平の世は人徳が求められる。これがずっとせめぎあっている、それが中国史だとは思う。
 世が乱れると、
「実力主義を採用しないからダメなんだよ!」
 という意見は出てくる。でも、実力主義はハッキリ言って冷たかったり、空気を絶望的に読めなかったりする人も出世できる。
「あいつ、実力あるけど空気読めないよな……」
 こうなると。じゃあどうすれば人材を抜擢できるのか。それは中国史を貫くテーマです。

 ちょっと話ずれますけど、サンデル『実力も運のうち 能力主義は正義か』を読みました。行き過ぎた能力主義へ疑念を呈しているのです。これには既視感がある。科挙は先進的な実力選抜制度ではあるのですが、時代がくだり、明清ともなると弊害が大きくなる。
 試験テクニック・八股文を書ける小利口な秀才タイプが官僚になる一方、要領悪いと落ち続ける。明清時代には「たまたま八股文がうまいだけのクズ」と呼ばれるゲス官僚が姿を見せます。そういう能力主義の弊害を中国史は示してくれる! サンデルとあわせて読むとますます楽しめますよ。

 そういう人材採用失敗を続ける戦国魏を、阪神タイガース暗黒時代に例えるあたり、筆者もノリノリです。阪神タイガース暗黒期は汎用性が高い。バースもといナポレオンの再来を望んでもぱっとしない第一帝政崩壊後のフランスとか。そのうち「チーズ喰ってる降伏猿」扱いされてしまうんや。
 藤田東湖の再来を望んだ結果、崩壊する幕末水戸藩はシャレにならない。

タイムスリップものがブーム! いいぞ華流ドラマ

 どうにも現代人がその時代にタイムスリップするものは、あんまり個人的に乗れません。生存スキルが足りないでしょうし、映画版『戦国自衛隊』ルートのような気がする。

 でも、どうやら華流はそこを乗り越えるらしい。スマホの充電器を自作するという『神話』はかなり面白そう。筆者はおもしろいドラマになるとノリノリになるから、そのへんわかりやすい。

 このタイムスリップもので、清宮廷者ブームがまとまっています。中国の羨ましいところって、時代劇を若い女性が見ていることだとは思っていました。日本は大奥ものだってそこまで若い層は見ていないと思います。
 それはアプリなんか見てもわかる。中国アプリは宮廷ものが多い。着せ替え系でも清のものが多いと思っていました。これはなかなか興味深い。往年の香港は、清朝舞台でも弁髪にしても剃らず、『刃牙』の烈海王スタイルにしていた。満洲族の押し付けへの反発とされましたが、それだけが理由かどうかわかりません。

 タイムスリップもの面白そうだなと思いつつ、中国人の自意識の変化にも思いを馳せるのです。滅満興漢なんて遠くなったものだなと。そりゃ中国政府が漢民族だけの国でないと言い切っているからには、当然の流れではあるけれども。
 と、思っているとかゆいところに手が届く次の章だ!

中国を構成する民族とは?

 中国という国家は、隣に反面教師がいる。彼らの過ちを繰り返さねば、王道を歩める。こう覚悟を込めて書きますけど、その反面教師とは日本です。
 日本の単一民族国家論は割と最近のものです。
 江戸時代から、明清交代を見て日本人は疑念を覚えた。漢民族ではなく満洲族が支配する。華夷秩序が揺らぐのです。これは朝鮮半島もそうでして、「我々の方が漢民族に近いから上なんじゃないか?」と思ってしまうのです。日本の場合、その満洲族皇族を押し立てて色々やらかして、そういう理念から迷走してゆくのですが。

 ともあれ、日本はいろいろ理屈をひねくりだし、アジア支配の正統性を主張する。
「アジアはひとつだ! そしてその上に君臨するのが我々日本人だ!」
 五族共和。八紘一宇。こういう理念のもとでは、ジャイアニズム的に中国の英雄を自国のもののように扱うのです。吉川英治『三国志』は、あの時代なのに中国の扱いがよいなんてことは指摘される。むしろ逆で、中国のよいものは全部自分たちのものと見なすようなことをしていたからこその作品とも言えるのです。話がズレましたが。

 日本は失敗したこの路線を、中国共産党が取るのであれば? むしろ異民族を取り込んだ方がよいのです。そういう中国流ポリティカル・コレクトネスについてうまくまとめてあります。ははぁ、こういうことならば、弁髪に反発なんてする必要がありませんね。
 
 もうひとつ、ひっかかること。それは『神雕侠侶 〜天翔ける愛〜 』はタイトルのみで、画像すら出てこない。というのも、これはなかなか炎上したドラマでして。
「こんな小龍女いらん! 小龍包だ!」
 そういうことがあった。そこに触れないこの本は優しい。詳細は各自調べてくださいね。

 いいから本の感想書かんかい! そう突っ込まれそうだけども、この章を読めば実写版『ムーラン』がコケた理由もわかります。
 ムーランはめんどくさい。
 というのも、本来は南北朝時代・北魏の伝説で、それを漢が取り入れていった。そういう民族融合の象徴的なものでもあると。とはいえ、敵対する側も異民族なので、どうしたらよいのか悩ましいところでして。
 どうすればいいか? 避ける――が、私なりの最善の答えです。時代考証も面倒な時代です。中国は物語が大量にあるのだから、それこそ『白蛇伝』でもなんでもよいと思います。『梁山泊と祝英台』なんてジェンダー的にもよい方向に持っていけるはずだ!
 アニメの頃とは時代が違う。あのころはディズニーが中国をモチーフにするだけでよかったけれど、今は違います。政治的な炎上のみならず、諸々が雑な作品だったと思うばかりです。
 とはいっても、小龍女が当たり役の劉亦菲だからまだマシ。顔面偏差値に厳しい中国の皆さんも、「劉亦菲のプロモビデオとしてならイケる!」となった人はそれなりにいた模様。

 そうそう、異民族枠の日本ですが。
 かつて中国語圏のフィクションには名物があった。私は「雑倭寇」と呼んでいる。服部小林とか、北条家臣・柳生とか。どこかズレていて、やられ役として出てくる。ジミー・ウォングあたりがバンバン惨殺する枠です。あれはあれで味があった。
 ところが!
 最近はこれが結構ちゃんと考証するし、彼らなりの理念があって、かっこいいんですよ。雑倭寇はもういないのか……寂しいような、悲しいような。中国語圏の作品をすぐ「反日だ!」だのなんだの吹き上がる層がいますけど、昔はもっと酷かったんですよ。ただ、当時は日本側も「まあ、そらそうなるよな……」と思えるだけの記憶と良識があったんでしょうね。
 往年の日本人やられ役といえば倉田保昭さんが有名です。しかし、彼は中国語圏で敬愛されています。「日本人の亜州影帝」と呼ばれるほど。香港人はみんな愛していると聞いたこともあります。
 中国語圏は、ずっと人材登用の手段を探ってきましたから。ルーツよりもまず能力を見る。だからこそそういうことになるのかもしれない。倉田さんが人格者ということも無論あるのでしょうけれども。

ジェンダーと宦官再解釈

 そして次は、ジェンダー論です。
 ジェンダーね。ジェンダーについては本当にこれは、日本の危機到来かと私は冷や汗をかいている。日本の影響も強いアプリでも中国が絶好調ですが、衣装のデザインを見てください。
 コスプレしても映えそう。伝統的な意匠も用いている。ちょっとセクシーだけど下品じゃない。そういう落とし所を探るという点では日本を上回っているんじゃないかと思います。

 デザインだけでなく、作中の描写でもこうなるとは。でも、これも必然という気がする。
 冷戦時代、東側の国家は女性活躍を名目に掲げておりました。第二次世界大戦時、ソ連には女性兵が多かったことは有名です。
 そういう東に対抗すべく、西は専業主婦ロールモデルを打ち出す。
 豊かな経済と技術で家電製品が発展した。もう女は働かなくていい。良妻賢母になればいい。こういう思想は社会でも上層階級だけに適用されていたものですが、庶民までそうすることがロールモデルになった。
 共産主義国家の化粧っ気がなく、働く女労働者はバカにされる存在ってことですね。
 そこを踏まえますと、ジェンダー関連で中国が一歩先をゆくことは想定すべきことでした。それを西側は失敗した。纏足している中国人女性や、パール・バック『大地』のイメージをズルズル引きずっていたんですかね。
 ジェンダー逆転劇やラブ史劇でもバッチリというのは、驚くべきことでも何でもなかった。

 一例として『マグニフィセント・セブン』でもあげましょうか。あれは『荒野の七人』をリメイクして人種構成を変え、黒人、アジア系、ネイティブアメリカン、メキシコ系を入れた。それはそれでよい。でも、結局女性ガンマンはここに入らなかったじゃないですか。
 でも、武侠ではむしろチームに女侠がいない方がおかしい。そこに気づくべきでした。女戦士が強いのは中国の伝統です。

 そして宦官についても割かれています。これはなかなかホットなテーマと言える。
 宦官の悪辣さって、過去においては差別的な論考が多かったのです。性的欲求不満とか。『蒼天航路』の描き方なんてちょっとどうかと思います。
 けれども、社会システムの弊害、側近政治ゆえの問題ではないかというところまで、研究は進んできています。去勢していようが、いまいが、側近が主君とべったりしたら腐敗が生まれますから。

 そういえば中国語件には、去勢で奥義を得る作品がありまして……ということで、次は武侠ものへ。

エンタメに政治を持ち込むなって、それ金庸に対して言えんの?

 エンタメに政治を持ち込むな! そういう意見があるわけですが。それはどうしたものでしょうか。どうしたって影響はある。それこそ古典の頃からある。『長恨歌』だってギリギリじゃないですか。政治側が悪影響を及ぼすから、『水滸伝』や『金瓶梅』を禁じたこともあるわけですし。
 話がズレましたが。こういう雑議論で、金庸が俎上に上がった。その時点で、語り手の読解力不足が激しすぎて、私は話を聞く気が吹っ飛んだのですけれども。

 金庸は美少女好きのチャンバラ作家にとどまらない。彼は上質なものを作り上げたい、妥協のない人だったと改めて思う。本章は金庸最高傑作『笑傲江湖』と文化大革命の関係性を明かします。どういうこと? いいから読めッ!
 そんなんでよく受け入れられたな……となりますか? そんだけ面白いんですよ。

 金庸の巧みは、明の政治とも絡めているところでして。あの作品では去勢しないと最強になれないのは、宦官が政治的権力を握っていた明批判があると。去勢までして、子孫繁栄を捨ててまで権力が得たいか?
 善悪はなんだ?
 そういう問いかけがスリリング。愉快なおっさんが強いとか、そういうことだけでなく、政治的読み物として抜群にイケる。そういう優れた作品というのは普遍的に使えるもんだ。あの作品で見たような偽君子、あなたの隣にいませんか?

 が、しかし。悩ましいことがあると筆者は嘆く。テレビドラマ版がいまいち。これは東方不敗イケメン化ということもあります。権力癒着の醜悪さを描くのであれば、カッコ良すぎるのも考えもの。しかし、中世的な設定かイケメンが定着してしまいまして。
 『笑傲江湖』は先日配信された『ソード&ブレイド』では小林ゆうさんが声を当てています。でも、成人後に去勢したら女声にはならないんだなぁ。あのゲームのことも考えると、『笑傲江湖』ドラマが勧めにくいことは問題だと思えます。
 
 そして何がすごいかというと、筆者はBLにも造詣が深いとまではいかずとも理解がある点。あの『陳情令』はBL版『笑傲江湖』という見立てには納得しかない。そもそも中国って、男性同士のなかよしは「同じ布団でおしゃべりして楽しい、そのまま寝ちゃった」と表現したりするのでもうこれは仕方ない! 
 いざ、華流BL!
 ちなみに私は皇帝と寵童とか、そういうカップリングは好きじゃないですね。史実でもそれぽい阮籍と嵆康。科挙合格を目指して朝まで勉強するバディ。そんな唐寅と文徴明を推す。唐×文はプラトニックですね。

 話が大暴走しましたが、武侠は抑えておいた方がよろしいかと。というのも、全然武侠要素がなさそうな『月に咲く花の如く』あたりでも入ってきます。もう武侠は一般教養ですから。

 ここから先は有料です。本書からちょっとズレます。

大河ドラマと華流ドラマの比較は?

 華流ドラマへのありがちな批判って、むしろ大河があてはまると思えてきました。
 片っ端からイケメンにするとか。プロパガンダとか。歴史修正主義とか。全部『青天を衝け』に該当するやんけ! あれの邪悪なところは幕府側だから『八重の桜』と同じ枠と騙すところ。いや、渋沢栄一と徳川慶喜周辺の水戸学って、皇国史観の根底にある思想だから……。

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