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【詩】ストッキング

ストッキングを履いてるあの子の長い足を眺めてる

あんなに薄っぺらいのに本当にあったかいらしい

ストッキングを履けばズボンなんていらないらしい

俺にはそこんところよくわからないが それならそれでいい

ストッキングの魅力についてあれこれ議論してる

でも本当は素足のままのあの子の脚が見たい 見たい

ショッキングなニュースがモニター越しに流れてる

でもやっぱりあったかい部屋で昼飯食ってる

ショッキングなニュースがあれこれ物議を醸してる

でも眠気に勝てず寝っ転がって昼寝をしてる

ショッピングに行く約束をあの子としたのを想い出す

でもやっぱり面倒くさいから忘れたことにしておく Good Bye

ストッキングに空いた穴を見つける奴らがいるよ

ほらあちらこちらに ほらそこにもいるよ

なめ回すように眺める目がなんだかいやらしいな

あの子が恥ずかしがるから すぐにやめたほうがいいよ

にやけた顔してうんちく垂れてる奴らがいるよ

ほら隠れてないで 恥ずかしがらないで

なんだか真面目な顔して議論してる奴らがいるよ

なんなら履いてみれば 議論がはずむよ

さあおいで もっともっと前の方へ

君のためによく見える席がある

さあおいで もっともっと前の方へ

この場を借りて語らいましょう



「箱男」を読んでいて、ふと昔書いた詩を想い出した。

詩というか、歌詞だ。

Em C G D 循環コードで簡単な曲を付けた。

女性は常に見られる対象であり、好奇な目と無責任な評価にさらされ続けているといったものが、箱男のテーマに抵触するように思ったので、取り上げてみた。

匿名を約束された立場、いわゆる箱男(あるいはSNSと言い換えても良いかもしれない)は、舐め回すように観察し、重箱の隅をつつくように僅かな欠点を、これ見よがしに指摘する。

ストッキングに穴が空いてないのか、好奇な目で見続けられることは、見られる側の人間からすればある意味では暴力になる。

そういったSNSの暴力性をテーマに表現してみたかった。

『箱男』がいよいよ今夏、映画化される。

今の時代だからこそ、観るべき映画なのかもしれない。





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