【6月26日~7月2日】長崎に行ってきた
長崎に行こう、と唐突に決めたのは前回のこちらの記事。
ひとりで身軽だしということでサクッと1泊2日の予定を組んだのだけど、梅雨とあって見事に雨予報が出ていた。雨女だから気にしない。
祖母との1日目
行きの飛行機。着陸間際にぐんと上昇する感覚があった。少し置いてのアナウンスでは、発達した積乱雲の影響で安全な着陸基準が満たせずゴーアラウンドした、とのことだった。
結果として着陸できたのは定刻から30分遅れ。
揺れの中、『京大少年』の文庫を読みきった。
あとがきが追加されたためちゃんと読み直したかったのだけど、そのあとがきを読みながら私は焦っていた。
というのも、待ち合わせしている祖母との連絡手段がなかったからだ。
五島からフェリーで出てくる祖母とは長崎港ターミナルで待ち合わせをしていた。長崎空港から長崎港最寄りの大波止のバス停までは45分ほど。そこから徒歩で5分かからないくらいで長崎港には行ける。
だいたい祖母と同じ頃合いに到着できるだろうと踏んでいたところ、30分の遅れは大きかった。
携帯電話というものを持たない人との待ち合わせに伴うこの緊張感。
祖母は「何時まででも待ってるから大丈夫」と言っていたが、そう長く待たせるわけにはいかない。
飛行機を降りて、空港内を、バス乗り場までを、めちゃくちゃ走った。
大波止に着いてからもかなり急ぎ足で歩いた。途中、スタバで優雅にお茶している美人の涼しげな顔をうらやましく思いながら。
というか、雨予報だったはずなのに日差しがすごい。暑い。
長崎港ターミナルに駆け込んで、切符売り場の前あたりにいるだろう祖母を探す。座っていた祖母に大きく手を振りながら近づくと、同じくらいのテンションで返してくれた。そんな祖母が好き。
すでに汗だくだったけど、こうして私たちは無事の再会を果たした。
それから一緒にお昼を食べて、祖父のいる病院へ案内してもらった。
祖父は目がほとんど見えず、耳もすこぶる悪いのだけど、それに拍車がかかっていた。目の前に祖母がいても誰だかわからないほどに。
見えない、聞こえない世界ってどんなだろうな、娯楽どころか会話さえままならないんだから、そりゃ認知症も進行するだろうと思った。
看護師さんのサポートもあって、どうにか祖母が来たことを理解した祖父の第一声。
「なかなか来てくれんけん、彼氏んとこば行ったと思うとった」
爆笑。祖母大好きな祖父の想像力。
前回も「よか男ばできたとやろか……」と言っていたらしい。
元気な頃から祖父は祖母との馴れ初めを喜んで語ってくれる人だったから、この発言にはちょっとほっとしてしまった。
私のことはやっぱり曖昧だったけど、「わざわざ来てくれたとか」と労いと歓迎の言葉をくれた。
そして、私に旦那さんや子どもがいるのかをたしかめて、「中学生の女の子がいる」とわかると以前と同じことを繰り返した。
「子どもは大事にせれよ」
ボケようがボケまいが、祖父の一番大事なことは変わらないらしい。子どもは宝。これはずっと聞かされてきたことだ。
少しばかり痩せたけれど、ひとまず笑う元気があるようで安心した。面会時間は15分。「また来るけんね」と言って握手した。
相変わらずふっくらとした手だったけど、少し冷たかった。前は熱いくらいだったのにな、と老いを実感した。
ひとり旅の2日目
いや、雨予報やったやん! めっちゃ晴れてるやん!
というので、思いのほか時間が余ってしまい予定を追加した。
とりあえずこの日は「タクシーを使わない」と決めていた。
長崎の街は路面電車もバスも頻繁に行き交っているから、電停やバス停まで歩けば移動はどうにかなるしわかりやすい。
ひとまず立てていたプランをひと通り制覇したあと、なかなか足を運べずにいた大学病院まわりを歩いてみることにした。
一度は行ってみたかったから、いい巡り合わせだった。
以前、シナリオ仕事で少し(いや、わりとがっつり)原爆の話に触れさせていただける機会があって、人物設定をそれはそれはしっかり作り込んだのだけど。調べるにつけ、長崎の原爆、ひいては医科大学で起こったことがつらく、印象に残っていた。
まずは旧長崎医科大学門柱。
次は山王神社二の鳥居。
ここに来るまでにも坂と階段がハードなエリアにいたため、最後の最後に「うそやん……」となったこの階段。
でもせっかくここまで来たんだからと、お参りもしてきた。
原爆を受け一度は枯れた大楠が復活した、というエピソードもすごいのだけど、なにかをビリビリと感じる気配があって怖いほどだった。
右側の大楠の幹にある空洞には、爆風とともに飛んできた石ころがたくさん入ったままになっている。
福山雅治の「クスノキ」のモチーフになったのがこの被爆大楠だ。
写真ではわかりづらいけど、とにかくこの日は暑かった。一気に夏。
タクシーは使わないと決めたはずが、路面電車が走る大通りに出た瞬間に手を挙げた。長崎のいいところ、タクシーはだいたいすぐつかまること。
あと路面電車、何駅分移動しようとひと乗り一律140円というわかりやすさ。
とにもかくにももう体力が限界だったため、最後の楽しみの場へ向かった。
海鮮丼を食べるまでは帰れない。自分の誕生日の前祝いということで甘やかすことを許し、結局タクシーに乗り込んだ。
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