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なぜ親が子にメシを食わせることが保護責任の一つに含まれるかわかるか?
それは、メシを与えなければ子が餓死するからであり、子は自分ではどうにもできないから親には保護する責任があるって話だ。
でも、そのことを子の立場からして当たり前だと思い込むのも違う。これについては、実体験から言うと、父親がストレートにそのことを再三言って聞かせてきたからだ。「メシを食わせてもらえることを当たり前だと思うなよ」と。
ところが、そんなふうに何度も言われ続けた子はどう思うかというと、「そんなことは百も承知だ。言われなくてもわかってんだよ。でもそんなふうに言われてどうやって有難味が理解できるってんだ!!」とまぁ、こんなふうに思うわけだ。子はこうして捻くれていく。
じゃあ、どうすればメシが食えることの有難味を純粋に理解させることができるのかというと、これは簡単な話。子が親からメシを与えてもらうことを当たり前だと思わないための体験をさせてやること。
夕方17時頃になって腹が減る。徐々に空腹度が増していく。2時間が経過し、19時になってもまだメシは出て来ない。困った様子で子が親に言う。「ご飯まだ?」と。すると、親はこう言うと良い。
「お腹が空いたの?何が食べたい?」と。
そして子供は答える。「カレーが食べたい!!」
それに対してさらに親はこう答えると良い。「わかった!今から作るから出来上がるまで待っててね!」と、満面の笑みで言ってあげるんだ。
お腹が空いた状態から親がカレーを作り始める。およそ1時間後に出来上がるとして、その1時間、子はグーグーとお腹を鳴らしながら待つ。そしてようやく出来上がったカレーが食卓に並び、親は子を呼ぶ。「ご飯できたよー!!」
お腹がペコペコの状態で待ちに待った大好きなカレーがいよいよ食べられる!そう思いながらカレーを口に運ぶことで、いちいちね、「メシを食わしてもらえるのを当たり前だと思うなよ」なんて言わなくても、子はちゃんと実感するんだよ。
感謝しろって言われて感謝するものではないからね。これが親が伝えるべき3つのうちの【1】。
次、【2】自らのぬくもりを大切な人に伝えるためにどうすればいいかということを、親は子にどうやって伝えればいいか。これも難しくはない。ハグすればいい。日々の親子の会話の中でハグする機会を可能な限り持つこと。子が親に対して安心する時というのは、親のぬくもりを感じる時だろう。いくつになっても変わらずにハグする習慣はとても大事。
アメリカンなイメージが強いのはボクらが日本人だからであって、もっとアメリカの日々の習慣を見習わないといけない。ハグもない、会話もない、それで親子の絆がどうやって築かれていくの?って話。虐待かます前にそういうことくらいは考えろってボクは言いたい。
で、最後の3番目。欲するよりも与えてやれ。これは、ただアレコレと与えるのではなく、与える時にしっかりと子と向き合って、それについて話をすること。親が子に何かを与える時というのは無条件の愛と捉えることはできるものの、ただほいっと与えるだけでは、子が親からそれを与えてもらった理由がわからなければ大切にもしない。
子供が駄々をこねて「これがほしい!」って喚いているとする。そんな時に、「今度買ってあげるから!」とか「〇〇のおもちゃこの前買ってあげたばかりでしょう?」とかいうね、定番のウソを吐くよりも、なんで欲しがっているのかしっかり向き合うことが大事なんだよね。
大抵の親は買い物に行く度にそういうことになって回を追うごとに面倒になってきて、ウソを言うのが当たり前になるんだよね。すると、子はある時気付くんだよ。どうせ親に言ってもウソを言って買ってくれないって。
ハッキリ言うけど子が捻くれるのは親の責任だよ?少なくともうちの親は子の話なんか聞く耳なかったし、ただただ饒舌に一方的に親が語るだけだった。そういうことが続くとね、念仏でしかなくなるんだよ。親は親で難しい単語とか子にはわかりにくい言い回しを偉そうに言うことで親の威厳みたいなものを保持しようとしたり誇示しようとしたりするんだよね。くだらん。
これからも、うちの親が作った家庭が如何に異常かを晒し続けていく。子供が怖がっていたり泣きじゃくっていたりする様子を見て馬鹿みたいにゲラゲラ笑っている親に対して心を開く必要はない。
親が子に何かを与えたり何かをしたりした時に、「してやった感」を口先でいちいち言ってくるような親には言ってやればいい。誰もそんなこと頼んでないって。心配してやったのに、とかね。散々言われたよ。心配を憎まれ口を言うための道具に使うなって話。
この憎しみはこの世を去るまで絶対に消えない。カネよりも大切なことを、あまりにカネを大事にしてきたために気付けなかったんだろうなとも思うけどね。なんで子を産んだのか答えてもらいたいものだ。
親は子を選べないって言われた時は呆れた。それはそうだろうよ。でも逆に子も親を選べないし、生まれる国や地域や時代も選べないだろって。よくいるよね、激しく当たり前のことをドヤ顔で強調してわざわざ言う人、それがうちの親だ。つまらん。
そういう大人にだけはなりたくない。幸いボクは子どもの相手は好きなのでね、相手する時は全力で相手する。他人の子の世話をすることもしばしばあったけど、挙句「パパ」と言われるほどになったこともあった。夜泣きして起きたり、オムツ交換やらお風呂、着替えなんかもなぜかできたんだよね。誰かがやっているのを見たことがあったからかな?
冬の寒い季節だったんだけど、赤ちゃんが夜泣きした時は、3分以内に泣き止ませて、すぐに起きてオムツを交換してあげて、ミルクあげて、布団でくるんで抱きかかえて外に出て、背中をトントンしながら上下にゆっくり揺れながらしゃべる。「おきちゃったね、どした、そとしゃむいね」みたいなことをボソボソとしゃべっていると、たぶん5分も経たないうちにスピーって眠っちゃう。意外とできるなって自分で思った。
それが毎晩続くけど、全然苦じゃなかった。赤ちゃんの世話好きだったからね。
奥さんに子供の世話を丸投げする亭主関白的なゴリゴリ昭和で時代遅れな夫にはなりたくないからね。うちの親は完全にその典型だった。まぁ、そういう世代だと言えなくもないけどね。ボクはそういうの好かん。奥さんのことも赤ちゃんのことも好きなら嫌がらずやる。一生懸命に向き合えば、言葉もわからん、何を考えてるかもわからんような赤ちゃんでも、伝わるものはしっかり伝わっているってことがわかる。
1歳ちょっとになった時にパパって呼ばれた時はマジでビビった。いや、パパじゃないぞって(笑)
自分の子供ねー、今のご時世、悪影響なものがあまりに多すぎる。生むだけで昔の何倍ものリスクに晒すことになるからあまり乗り気ではない。相手に求められれば応える感じかな。でも、自分の子供はもってみたいね。子供から愛されるための努力をしたいと思う。
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