記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

「光る君へ」を永遠にえこひいき

大石静・作、大河ドラマ「光る君へ」が終わってしまった。わたしは紫式部というより清少納言のファンで、そんなに詳しくはないけど好きで、子どもの頃からそうだった。だから期待はしすぎるほどしていたと思うけど、それを裏切らないでくれたドラマだった。

好きなポイントはたくさんあって、例えば、一人ひとりの生きるモチベーションやそのときどきの感情の動き方が“ちゃんとしている”ところ。“ちゃんとしている”というと偉そうだけど、物語に登場人物が奉仕させられていないので、本当に群像劇で、いろんな人がいて面白い。

おかげでこの一年、ドラマを見るだけでは飽き足らず、ゆかりの地を訪ねたり、関連講座を受けたり、関連イベントを観覧したりして、いそがしい日々だった。最終回も、大津でのパブリックビューイングに参加させてもらった(NHK「滋賀NEWS WEB」の記事)。記念に、イベントの様子や最終回の感想を書いておく。


プチ旅行記

東京から大津は当日向かうのでも大丈夫だけど、せっかくなので前日、上洛してみた。ただし、その日の京都は小雨が降って寒かったので、出かけたのは1カ所だけ。定子さまが眠る鳥戸野陵だ。

鳥戸野の御陵はどの駅にもどのバス停にも最寄ってはいない。住宅街のその先の小高い丘にある。京都駅からは徒歩40分ほど。予約したホテルに荷物を預けたり、公園の遊具に登って鴨川を眺めたり、商店街であられを買ったりして、意図的に足を止める時間をつくりながら歩いた。

12月中旬だけど、まだまだ銀杏が

京都駅は八条口からにぎわいのないほうへないほうへ歩く感じで、途中からは閑静な住宅街に入って、人通りもなくなる。事前にネットで「『これで合っているのか?』と不安になるような道を通る」という情報を得ていた通り、「これで合っているのか?」と二度三度思った。事前情報がなければもっと不安な道程だったかもしれない。

鴨川
途中見かけたよさそうな小劇場。ここでお芝居を観てみたい

たどり着くと、御陵は緑と静けさに包まれていた。かなり手前に鉄柵があるので、宮内庁による古い木製の立て看板のそばで、そっと手を合わせる。

鳥戸野陵

あなたの賢さや明るさ、勇敢さ、愛情、魅力の全てが今、わたしたちを勇気づけてくれています――。そのようなことに続けて、「どうぞ安らかに」と心の中で唱える。わたしはこういうとき、わりとはっきり文章を頭の中で言うタイプだ。父の遺影に手を合わせるときも同じ。普通はみんな、どうしているんだろう。

手を合わせた後は、失礼ながら撮影などさせてもらって、長居するような場所でもないので、来た道を戻る。行きはだいぶ怒っていた近所の犬が、帰りはお咎めなしで通してくれた。石と苔でできた階段に、どこかから来た南天の実が一粒あって、踏まないように下りる。

神妙な気持ちになったのもつかの間、下界に戻ると、行きは気づかなかったたこ焼き屋を発見してしまった。八百屋さんが店先でやっている、セルフの間借りというか副業というか葱から見ると六次産業的というか、そんなお店だ。1つのたこ焼きに飯蛸が1匹丸ごと入っている。6個入りを注文し、店先のベンチで熱々をいただく。

「青果の市場 ふくちゃん」のたこ焼き。イイダコいい! 生地もトロッとして美味しいです

それが15時前のことだけど、ホテルで足を洗ったりしているとちゃんとお腹がすいてきて、夕飯は夕飯でしっかり食べた。Googleマップで見つけた近所の居酒屋。“客に美味しいものを気持ちよく食べて帰ってもらう”という気迫や信念を感じる店だった。刺身のツマもお店で切っている。「天ぷらもうちょっとお待ちくださいね。今できますからね」とか「お待ちどう」とか、どのお客さんにも声を掛け、客の「すみません」が聞き逃される率が低くて、混んでいてもヤキモキさせられることがない。

刺し盛り(和洋ダイニング居酒屋 琥珀 京都駅店)

お会計のとき、お茶漬けを少し残したことを謝ろうと思っていたけど、先に「お茶漬け、量が多くなかったですか? すみませんでしたね」と謝られた。お客さんが多いわけだ。

京都の月

辺りは市営住宅や小さなビルがあるだけ。満腹の帰り道、つい夜空を見上げて、そうしたら月がほとんど満ちていた。「光る君へ」の最終回前夜に月が円いのはなんとなくうれしい。風情を感じていると石焼きいも屋がそばに来て「いーしやーきいもーあつあつーのおいもー」に続けて「わーらびーもちーつめたくてーおいしいよー」と言った。温暖化する星での商売は大変だ。

翌日、会場のホテルへは、大津駅からシャトルバスが出ているということだったけど、混雑と行列が嫌いなので、膳所駅から歩いた。これまたほとんど人通りがなく、めちゃくちゃ楽。

膳所駅を選んで正解
とても正解

ご機嫌でホテルに到着すると、まひろパネルと並んで自撮りしようとして難儀している人たちがいたので「撮りましょか」とすっと言えた。芸人さんのように食い気味に「いいですかぁ?」と関西のイントネーションで言われ、こちらも笑顔になった。いいのが撮れたはず。

びわ湖大津観光大使のお二人も気さくな感じ。「あ、紫着てはるんですね!」って言ってくれた。わたしの写真が下手ですみません……

最終回の感想

パブリックビューイングはBS4K放送をみんなで見る企画なので、もちろん定刻に始まった。以下、順番めちゃくちゃだけど最終回で思ったこと。

まひろとききょう(ファーストサマーウイカ)のシーンが何よりうれしかった。第41回のあの決別から、第43回でききょうが心境の変化を隆家(竜星涼)に吐露して、その後いつかのタイミングで仲直りをしたらしい。以前のようにききょうがまひろを訪ねては二人の間でだけ通じる話で盛り上がる関係性が復活している。仲直りの日ではなく、仲直りすら既に二人の歴史になって久しい日を切り取ってくれるのがいい。自分たちの偉業を「いやまあ、すごかったよね」と言い合えるのがすごく楽しそう。紫式部と清少納言が友だち。なんで、そのことにこんなに心が励まされるんだろう。

最終回前半は、まひろが道長(柄本佑)の命をつなぎとめる二人最後の日々。道長自身はもう死を受け入れてしまって、まひろはそう割り切れるわけもなくて泣くんだけど、目が見えなくなった道長には涙を悟られまいとして声だけ明るくしようとするところがけなげ。まひろが新しい物語を聞かせても道長が目を閉じたまま反応しないところ、まひろは道長がとうとう亡くなったかと思って、おそるおそる「続きはまた明日」と言うんだけど、そうすると道長が目を開けてくれたので安堵する――というシーンが本当にリアルだった。

倫子さま(黒木華)が道長が逝ってしまったことに気づいたシーン、「殿」としか彼女は言わないんだけど、小さく一礼するところで「おつかれさまでした」の声が聞こえてきそうだった。倫子さまは左大臣家の姫として、長じては道長の嫡妻として、自分がどう生き、どう振る舞うべきか逐一理解していて、理解の通りに実行する力もあって、周りの人の感情の動きもよく見えている。「光る君へ」には賢い女性がたくさん登場したけどこの人は抜群だった。そんな彼女を、書物を(趣味では)読まない人にしたところが面白いし、それなのに赤染衛門(凰稀かなめ)の「栄花物語」の辣腕プロデューサーになっているのも面白い。

道綱(上地雄輔)は、こんなにもオラフみたいなしゃべり方だっけな。でも、道綱のこれとか俊賢(本田大輔)の「まーーーーーーーったく」頻尿になってません宣言とか、最終回になってもこういうオフビートなものが入ってくるのは好き。

賢子(南沙良)は「光る女君」ライフを満喫中。この人が一番分かりやすいけど、このドラマは、女性が自分で寝たいと思った相手と寝る場面が結構多い。ドラマや映画や小説や漫画で性をフェミニズム的に描くとき、(1)現実にある性被害や性の不均衡を告発するように描くやり方と、(2)女性にも性欲はあって自由にセックスの相手やタイミングを選んでいいのだという前提をキャラクターに体現させるやり方の二つが多いなと思っていて、本作は後者だった。

史実通りだけど、行成(渡辺大知)の死はまるで道長の後を追うよう。NHKカルチャーの大石先生の講座で、「行成は字が上手いってだけじゃつまらない。かなり道長の役に立っているから、それなら道長を好きなことにしようと思った。当時はバイセクシャルも珍しいことではなかったし」と言っていた(※録音していないのでこの通りの言い方ではない)。両性愛者が今より平安中期のほうが多かったかのような口ぶりになっているところは「本当にそうかな?」と思うけど、それはともかく、性指向の話を持ち出したということは、大石先生の意図としては、行成は道長に恋のような感情を確かに向けていたということなんだろう。

「鎌倉殿の13人」では実朝(柿澤勇人)が泰時(坂口健太郎)に思いを寄せていたし、「どうする家康」では家康(松本潤)の妾になったお葉(北香那)に同性の恋人ができた。来年の「べらぼう」には平賀源内(安田顕)が登場する。考えてみたら、大河ドラマは特に登場人物が多いので、その中に性的少数者が含まれるのは普通のことなのかもしれない。

いつかまではネタ的な扱いだった“実資(秋山竜次)の日記”がここでこんなふうに。

F2になってしまった斉信(金田哲)と公任(町田啓太)の献杯がかっこよかった。

乙丸(矢部太郎)もいと(信川清順)も当時にしては長生きで、そのぶん老いて体力や認知能力は低下しているけど、それで暇を出すとかではなく、できる仕事を続けてもらうのが為時(岸谷五朗)&まひろ流。令和のいろんな会社でこうならいいのに。

最後、まひろの顔にズームアップして終わるの、わたしは好きだ。その瞳に、幼い頃から変わらない好奇心がちゃんと浮かんでいて、「嵐が来る」のを警戒してはいるけれど恐れてばかりはいなくて、まひろ/紫式部ここにありで気持ちよく終われたと思う。“道長が守った戦なき世”の終焉を示しつつも暗くならない技ありエンド。

吉高さん&柄本さんトークショー

パブリックビューイング第2部は、吉高由里子さんと柄本佑さんのトークショー。扉が開いて、客席の間を練り歩いての登場で、二人とも会場の熱気に驚きつつ、吉高さんが「わたしたちの披露宴にようこそ」と盛り上げる。

独特のワードセンスが光る吉高さんと、「それでねえ、あのねえ」と柔らかく話す柄本さんがいいコンビで、こんなに気さくにいろいろ話してくれる大河ドラマ主演&相手役も珍しいんだろうなと思った。柄本さんはルパン三世ぐらいに髪がのびて、お肉でも食べてきたのかなというぐらい、どこかギラッとして、左耳にピアスも光っていてセクシーだった。

なぜか定子さま、公任と4人だけで並んでいる一角が。この日は客出しの音に、メインテーマとかドラマでよく流れるものじゃなく「O!Liebe」が使われていた。NHK大津放送局の倉沢宏希アナの司会ぶりもすてきだったし、大津の(?)カラーを感じるイベントだった

ここからは、帰りの新幹線でGoogleカレンダーに書き込んだメモから。

最終回、まひろが病床の道長に寄り添うシーンでは、やはり「声は明るく道長を励まし、でも顔は涙でくしゃっとなってしまう」演技が監督からリクエストされていたそうで、吉高さんは「言うのは簡単だけどさー、やるのはこっちだからねー!?」と。

実は、このチーフ演出の中島由貴さんは柄本さんにもちょっぴり恨まれている、かもしれない。

最終回、死の淵にいる芝居のために体重を落とした柄本さん。「宇治のとき(第42回)も道長は病み上がりっていうことでちょっとやつれた感じにしてたんだけど、中島さんが『じゃあ、最終回は宇治よりもう一段階だね』って。それで頑張ったんだけど、その話をしたら中島さんは『そんなこと言ったかなあ?』って言うんだよ……」という裏話が。

ちなみに、道長が最終回しっかりやつれていたことを言い出して称えたのは吉高さんで、互いの印象を聞かれて、“いつも情緒が安定している”という柄本さんの美点を「食べ物を取り上げられても(減量を強いられても)怒らないしさー」と表現したのも吉高さん。食べることが本当に好きな人なんだな。

まひろの物語執筆の参考になるように、道長がこれまでのいろいろを語る第31回も中島さん演出の回。もともと長いシーンだったなか、さらに台本になかった道長のセリフが当日足されたそうで「頑張って頭に入れたさ、言ったさ、オンエア見たさ、(セリフがオフで)音楽になってたさ」「俺けっこう頑張ったのになあって、普段そういうの思わないけど珍しく思った(笑)」。

同じく第31回、天からこれまでまひろが親しんできた書物や道長の文からの言葉たち(紙)がひらひらと降ってくる例のシーン。すてきな話が聞きたいわたしたちに「紙で顔が切れたらブラックジャックだったね」と情緒から遠い話をする吉高さん。

途中、石山寺でのまひろと道長の逢瀬がスクリーンに映し出されると、演じた二人からはブーイング。トーク番組やイベントのたびに再生されてきたので、吉高さんは「まだ味する?」とまで言っていた。照れ隠しなのか、スクリーンの道長が「ん」と言うのをまねしたり。「ここで走り出しちゃうんだろうなー」「抱きしめるんだろうなー」と二人で茶化しながら見て、再生が終わると二人とも手で顔をパタパタ扇いでいた。

第21回で琵琶湖を渡る舟の上でまひろが楽琵琶を弾く演出については「湖面が近くて怖かった」「最初は舟の上で字を書く演出になっていた。あんな揺れる舟の上で。頭おかしいから!」と吉高さん。吉高さんの「頭おかしい」はわりと口グセだと思う。現場で聞くとテンポがよくて全然、嫌な感じはしない。

柄本さんは、あの湖上のシーンのスペクタクル感を褒めたたえて「よく晴れてたから余計だよね」「このドラマ、天候にだいぶ味方してもらった気がする」と。その流れで吉高さん「今日、満月なんだって」、柄本さん「そうなんだって」というほのぼのとしたやりとりがなされた。

東京に帰って撮った月

柄本さんが大津市でロケした「道長さんぽ」(NHK総合で12/29(日)午後4時23分~)の話も出て、スクリーンにカメラ目線のスナップが映ると、吉高さんがうれしそうに「彼氏とデートなうに使っていいよ」と懐かしネタを入れてくる。

(二人がみんなを笑わせようとするせいか、わたしのメモがまずいのか、真面目な話があまりない。)

倫子とまひろの対峙シーンについてトークするなかで柄本さんが「倫子は戦友」とコメントして、その流れの中だったと思うけど「道長くんにとっては最終的にまひろとまひろ以外になってた」と言ったのが印象に残っている。美しくも聞こえるし、恋は残酷で非道徳的で不公平ということを、この上なく表した一言のようでもある。

客席をバックにした記念撮影では、吉高さんの発案で「ハイ、チーズ」の代わりに「瀬田の唐橋」が掛け声になった。「い」音で終わる大津の名所がさっと出てくるあたり、気働きがすごい。

最後、柄本さんが「『光る君へ』は今日で最終回ですが、僕らはこの仕事を続けていくので、これからもどうぞごひいきに」と言えば、吉高さんが「えこひいきにしてください」と言って、またかわいいのだった。次の“あなたの1時間私にください”はどこかな。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集