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「ヘンテコな問題」を大マジメに考えられない人に明日はない?

こんにちは。たつや学長です。

研修をやってると、受講者からこう言う声が漏れ聞こえるときがある。

「なんだ、精神論か!」


こういう言葉が、つい口をついて出てしまうのは、30代くらいの(仕事で)苦悩している人が多いような気がする。


壁にぶつかった現状をブレークスルーするという目的で、企業から研修依頼をいただく際に、事務局と入念な打ち合わせをするのだけど、

WHAT/WHERE(何を・どこで)
HOW TO(どうやるか)

と同時に、

TO BE(どんな思考の自分になるか?)

に触れることが多い。

心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる

哲学者で心理学者のウィリアムジェームス

その理由は、

僕らの行動の出発点は、僕ら個人個人の心(思考)

と言うことと関係ある。

気持ちに逆らうことが必要な時も、そりゃあるけど、

どれだけ長続きするか?
と言う点と、

パフォーマンスレベルを引き上げる
と言う点で見ると、結構厳しいかもしれない。

だって、考え方が違えば、当然行動も変わってくるよね。これは営業でもエンジニアでも経理でも同じこと。

  • 自分自身がどうなりたいか?どうあるべきか?

  • 会社のビジョンだけでなく、職業人としてプロとして自分のビジョンはどんなものか?

僕らは機械ではないから、好きなものは好きだし、でも何かのきっかけでキライになることもある。

でも、趣味と違って、必ずしも好きな仕事だけできるわけじゃないし、キライだからと言って避け続けることも難しい。

わあ、なんだかループにハマりそう。

反射した世界と中


僕は若い頃、

先輩や上司たちに「シノゴの言わずにやれ」と言われたことが少なからずあるけど、それは、僕らをある種"機械"として扱っていたとも取れる。

機械は、あらかじめプログラミングされたことしかしない。

反面、とても扱いやすい。文句言わないし、裏切ることもないしw
で、その機械(人も)が古くなれば入れ替えればいい。

昔はノウハウや思考が古くなって使えなくなるスパンが、大体20〜30年くらいだったから、ちょうど定年退職くらいのサイクルで人が入れ替わるので都合がよかった(それ以上長く会社に残ると「老害」なんて陰で言われてた)。

でも、今は変化のスピードがめっちゃはやい。

釣りの方法じゃなく、魚ばかり与えられ続けてくると、変化についてゆけず、自分で考えろと言われても、「急に何それ〜?」となる。


つまり、指示が出るまで動けない人間になってしまう危険性があるってことね。

だから、行動の起点となる心(思考)が大事になるわけ。

ちょっと違う観点でいうと、

再現性を高めること(=正解のない世の中を生き抜くために、自分の脳みそで考えること)

にあると僕は思っている。

いくらHOW TOだけを学んでも、状況が変われば通用しなくなるものも多くある。その時こそ、自分で考え、自分で困難を乗り越え道を切り開いてくことが必要だ。

発言は思考を映す鏡

何だ精神論か!裏にある思考


「自分は今困ってるんだ。だから、忙しいのに研修に出席したんだ!(精神論じゃなく)具体的に何をどうしたら今の(困った)状況を打開できるのか、正解を教えて欲しい!」

という意図が含まれる。

「子供には魚を与えるのではなく、釣りの仕方を教えよ」

というけど、現実には、

「(釣りの方法はどうでもいいから)魚をちょうだい!私はお腹減ってるの!」

ってことばかり。

でも、これを責めることはできない。

なぜなら、日本の国家戦略と僕らが受けてきた教育の中身は密接に関係しているから。

日本の教育制度


僕らは、小学校1年の頃から、誰かが考えた問題の正解に辿り着く訓練を繰り返しさせられてきた。誰よりも短時間でそこに行く着く者が優秀とされ、本人もそう自覚して育ってゆく。

これは、過去の延長線上に未来が描ける時代は、こう言う人材を育てることが国力を高めることにつながった。

実際、1980年代までのGMAT(アメリカの経営学大学院の入学時に必要なテストのスコア)では、日本人の数学力はアメリカ人などを大きく凌駕していた。

こういった教育制度を背景に、日本企業もドンドングローバルに躍進していった。

しかし、ある時を境に日本企業の競争力が落ちてゆく。
そう、1992年のバルブ崩壊がきっかけ。そこから日本株式会社は、30年を超える長い長い低迷のトンネルに入った。

日本人はとても勤勉で優秀な国民。では、なぜ30年もの時間を失ったのか?

色々な要因が絡み合っていると思うけど、大元の一つは

限られた時間内で、答えのある問題を(出題者の意図を忖度し)数多く解けることが正義


という旧態然とした教育方法と価値観じゃないかと思う。

とはいえ、

そんな教育を受けた中にあっても、一握りの天才や秀才たちは多くの発明やイノベーションを生み出している。

2種類のイノベーション

昔は、イノベーションなんて言葉は日本にはなかった。当時、どんな表現をしていたかというと、おおむね「発明」なんて言ってたような気がする。

ただ、現代においてイノベーションという際には、発明という言葉のニュアンスの他にもう一つある。つまり、現在ではイノベーションという言葉は、2種類の意味を包含している。



ソニーウォークマン


まず1つ目は、過去になかった全く新しいものを生み出すこと。

例えば、

最近ならスマホ、仮想通貨。

ちょっと前ならウォークマン(以前は、誰の邪魔もせず、場所を選ばず、自分の好きな音楽を楽しむ方法は皆無だった)。

ウォークマンは、1979年7月1日に発売されたが、その中心にいたのが大曽根幸三氏。曰く、

私は、売れそうだからと思うだけでなくて、自分が欲しいものをいろいろ作ってきただけなんだ。最初は仕事の合間に、密かに新製品の構想を考えていて、空き時間を使って、それを試作していたんだ。

「まだ世の中にないものなんだから、消費者に聞いて調査をしても、欲しいものが出てくるわけがない」

出典:宗像 誠之著「管理屋の跋扈でソニーからヒットが消えた」日経BP(2016年5月)


もっと古くは、自動車。

自動車の前は、馬車しかない時代。

「自動車を作るぞ!」と言っても、みんなイメージできない。いいも悪いもわからない。

と言うかむしろ、

不要論とか否定論がたくさん出てくる。なぜなら、イメージできないから。


こっちのイノベーションが、これからフォーカスすべきイノベーションじゃないかなあと思う。


出典: IT Media News

2つ目は、プロセス改善としてのイノベーション。

例えば、フレデリックテイラーが提唱した

科学的管理法

製造現場におけるプロセスを細分化し、規定し、トコトン生産性向上を狙う。

日本でイノベーションという言われるものは、こっちが多い気がする。

  • 店員に現金を触らせないキャッシュレジスタ。

  • 水素自動車

  • 電気自動車
    単にガソリンエンジンからモーターになっただけなら2番目だけど、自動運転で、かつモバイルオフィスにもなる「空間」として定義できるものなら1番目のイノベーションになるかも

  • 電子図書( Kindleや楽天Koboなど)

誤解しないでほしいのだけど、僕はこれらがダメって言いたいわけじゃない。

1番目のイノベーションは(2番目に比べてビジネス化に)時間がかかるし、当初は荒唐無稽に見える。それに日の目を見ないものがほとんどだろう。

ただ、これら元となるもの(キャッシュレジスタは早晩なくなるし…)がなくなったら、どうするの?って思うんだよね。


日本人だって、ウォークマンみたいなイノベーションを生み出す力と発想力は持っている。

だけど、

残念ながらウォークマン以降、目立った1番目のイノベーションはないかもしれない。


その根源に教育方法があるわけなんだけど(注)、誰かの問題を素早く正解に導くことだけをやっているとどんな弊害が起きるかというと、

思考を深掘りせず、早く答えを欲しがることが当たり前になる


注:旧来の教育方法でも発明家はたくさん出てきてるのだけれど、それは個人の資質に依存しているわけで、僕が言いたいのは、埋もれた「発明家」あるいは「イノベータ」が輩出されやすい国としてのシステムがいいんじゃないかと言いたいだけなのです。

出典:ドラッカー学会HPより 
左がピータードラッカー、右が上田惇生氏


ピータドラッカーを日本一知る男と言われた、上田惇生さんは日本の大学教育から「哲学の授業がなくなったこと」を嘆いておられた。

なぜなら

「正解のない世界で思考を巡らせることの大事さ」

を訴えておられたからだ。

答えは一つじゃない。


本田技研の創業者、本田宗一郎氏が作った環境、

「ワイガヤ(技術の前には上司も部下もない)」も

思考を止めるな!


と言うメッセージ
に他ならない。

答えのない問題に取り組もう


ヒントや答えを待つ姿勢から脱皮して、答えのない世界への旅を始めることが大事。

と言っても、僕らには無意識のうちに思考的な「制約」を持っている。例えば、

  • 自動車などの機械を駆動させるには燃料(水素や電気など)が必要とか、

  • 寿命を引き伸ばすことはできてもいつかは終わるものとか、

  • リアルか仮想かは別にして、何かを買うには通貨が必要とか、

  • やがてミクロレベルくらいに小さくなるだろうけど、IT機器は益々発展する、などなど

このような制約があると、十分な(思考のストレッチ)を邪魔することが多い。だから、敢えてこの制約を排除する。

何度も言うけど、答えが出なくていいの。
ここでの目的は、脳の活性化。今まで使ってこなかった思考の筋肉を伸ばし鍛えること。

最初は途方に暮れるし、多くの場合、5分くらいでネタ切れになっちゃうだろう。それでも諦めず、何度か続けてみて。

人間の脳は優れていて、次の会までに自動的にアンテナを立ててヒントになりそうなものを探してくれるよ。

ヘンテコな質問


別なコラムでも話したけど、僕は研修で(時間が許せばw)最後にヘンテコな質問をして、みんなに考えてもらう。

例えば、

「今日学んだこととご飯が美味しいことにどんな関係があるか?」


とか

「今日の学びで、自分にとって特に重要だ!と思うものを一つ選択しよう。それを使って、考えが真逆の人(の行動)に影響を与える必要があるとしたら、どんな漫画のキャラにサポートしてもらうのが最適だろう?その理由と(あなたとキャラとの)コラボ方法も併せて考えよう!」


ほとんどの受講者は「は?」って顔をするw
これがまた面白い瞬間なの。

で、場がシーンとする。
それでも僕は何も言わず、1分か2分待つ。

そうすると、戸惑いながらも少しづつ意見が出てくる。ホント、すごいなぁと思う。

3分も経たないうちに、大マジメで活発な意見交換が始まる。受講者の顔が輝き始める。僕はこの瞬間が好き。

答えのない課題をみんなで「あーでもないこーでもない」って議論してる時、僕らの脳は活性化されクリエイティブになるんだね。

過去の延長線上に正解はない。

正解のない問題を恐れず真正面から向き合えば、可能性は無限大。未来は自分の手で切り拓ける。


あなたも仲間たちとヘンテコな問題、楽しくワイワイ真剣に考えてみて。



今日もハッピーホルモン大放出!

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