銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(25)量産型ひまわりの七日間
暗い機体をのぞき込む。
グリロット中尉の命令によってひまわりのデータは完全に消去されたのか。それとも、彼の影響下からはずれて一時的にエネルギーダウンしているだけなのか。わかるのは彼だけだ。
捕虜引き渡しの前に、グリロット中尉に尋問する必要がある。
隊員たちが続々と格納庫に集まってきた。
タラップの上から見下ろすと、倒れたグリロット中尉の周りに人だかりができていた。医官のジェームズ少尉が駆け寄っていく。
グリロット中尉の治療が終わったら、彼を撃った僕ではなくヌイ軍曹に再尋問させなくては。
その時だった。
「捕虜の死亡を確認」
ジェームズの声が聞こえた。
え? 驚いて振り向いた僕はバランスを崩しかけた。ジェームズがグリロット中尉の脈を取っている。レイターが僕の腕を引いて耳元でささやいた。
「アーサー、ゆっくり降りろ」
確かに今「死亡」と聞こえた。タラップを降りているのが自分ではないようにふわふわする。僕は中尉の足を撃った。だが、致命傷にはならなかったはずだ。
力なく倒れているグリロット中尉に近づく。
出血の量が想定外に多い。そして、足だけでなく頭からも出血していた。
「転んだ時の打ち所が悪かったんだ」
ジェームズの視線の先を見ると。機体を止める高重力ビスが血にまみれていた。倒れた時に先端が後頭部に突き刺さったのだ。即死だ。
無機物となったグリロット中尉が僕をにらんでいる。足が止まる。ジェームズがゆっくりと遺体の目を閉じさせた。
「搭乗者死亡によるエネルギーロックが、ひまわりにかかったということか? データも完全消去されてしまったと……」
問いかけたわけではないが、ジェームズがうなずいた。
最悪の事態だ。捕虜の命を奪ってしまった。しかも、機体内のデータはもう復元不能だ。僕は、何と言うことをしてしまったのだろう。
「アーサー、ありがとよ。あんたのお陰で助かった」
背後にいたレイターの声が耳の奥に届く。
近くにいた隊員たちが道を開けた。アレック艦長が入ってきた。
「レイター、怪我がなければ部屋に戻れ。これは事故だ。アーサー、お前のせいではない。作戦室で報告書の作成に当たれ」
「は、はい」
イヤホンを付けているせいだろうか。二人の声がくぐもって聞こえてくる。世界と自分をつなく音声の回線が細くなったような感覚。この嫌な感じに覚えがある。
ひまわりは連邦軍研究所へ送られることになった。搭乗者死亡によるデータの完全消去は研究所でも復元できないだろう。
グリロット中尉は、トウモロコシに対してアレルギーを持っていた。普通の食事量では問題にならないが大量に摂取すると重篤な症状を引き起こす特異体質で、アレルギー検査を素通りしていた。
当然、本人は知っていたのだろう。死ぬことでデータを消去するつもりだったのかも知れないし、処置ペンで手当てされることを想定していたとも考えられる。いずれにせよ、捕虜が死に直面する想定外の状況となれば、こちらも慌てたその場しのぎの対応となる。
グリロット中尉は、食事を運んできたアルバイトを人質に取って、ひまわりに近づきデータ消去を試みた。僕はそれを止めようとした。すべきことをしただけだ。
殺すつもりはなかった。不慮の事故だ。
戦争中に敵兵の命を奪った。ただ、ただ、それだけのこと。