緑の森の闇の向こうに 第12話(最終回)【創作大賞2024】
* *
「ただいまぁ」
フェニックス号の居間にレイターの間延びした声が聞こえた。
わたしは大急ぎでタラップへと走った。レイターとダルダさんが二人そろって立っていた。
「よっ、約束は守ったぜ」
よく無事で帰ってきてくれた。レイターの笑顔を見たら涙がでてきた。よかった。本当によかった。
「あれ? 今回も熱烈歓迎頼むぜ」
レイターったら、にやりと笑ってハグを求めてきた。
「バカバカバカ」
泣いているんだか、怒っているんだか、自分の感情がお天気雨のようだ。
「ガハハハ。なかなかのロマンとスリルだったよ」
レイターがわたしに礼を言った。
「ティリーさんが軍用ヘリと熱デギ放射砲を見つけてくれたおかげで助かった。ありがとよ」
「どういたしまして」
留守番だったけど、わたしはわたしの仕事をやり遂げたことが誇らしかった。レイターの警護に役立ったはずだ。だから、次のレイターの言葉には納得いかなかった。
「あんなに早く見つけられるとは思わなかったぜ。ティリーさんは運がいいよな」
「運がいい? 違います」
反射的に否定する言葉が出た。
「あん?」
「ちゃんとアルバ関数を概算して、怪しい数字をピックアップしたんです」
ムキになってしまった。わたしだってがんばったのだ、運だけじゃないことは伝えておきたい。でも、言ってから後悔した。子どもみたいだ。
「へぇ、そうだったのか。あんた凄いな」
レイターが素直に感心した顔でわたしを見た。いつものようにちゃかさない。声がドキッとするほどいい声だった。
ダルダさんがレイターのわき腹を突っついた。
「ガハハハ。ますます『愛しの君』に似てるじゃないか」
『愛しの君』? 誰のこと? と考える間もなく、
「うるせぇ」
いきなりレイターが銃を引き抜いた。
「レイター! 止めて!」
「おっととと、間違えた。猛獣には鞭だった」
そういいながらレイターは、船の中で電子鞭をしならせた。
* *
ニュースでは環境テロ集団NRのパキ星支部長が逮捕され、基地から大量の兵器が押収されたと伝えていた。
レイターが軍用ヘリで連れ去られたところへ、ちょうど摘発が入ったのだという。これだけの押収は初めてで、NR本体にも壊滅的な打撃を与えるだろうということだった。
ダルダさんはテレビに出たのがうれしかったらしく、何度も繰り返し同じ話をしてくれた。「ロマンとスリルだ」と言いながら。
そしてレイターは、
「ふああ、きのうさぁ、徹夜だったんだ」
とあくびをするとそのままソファーに倒れ込み、眠り続けていた。
眠っているレイターを横に、ダルダさんがわたしに話しかけた。
「こいつ、すごいだろ?」
「ええ」
素直にわたしはうなづいた。
テレビに映っていたレイターは、いつもとは別人のように格好よかった。
「だから俺は心配してないんだ。ガハハハハ」
とんでもない出張だった。生産が遅れている原因の調査に来たら、環境テロに巻き込まれて、テロ組織をギャフンと言わせたい、って思ったら、組織が摘発された。
厄病神のパワー恐るべしだ。
寝顔をじっと見つめた。しゃべらないでいれば、整った顔立ちをしている。声を潜めてダルダさんにたずねた。
「あのぉ、『愛しの君』って……」
「気になるかい?」
「い、いえ」
あわてて否定した。
でも、自分に似ていると言われて気にならないと言えば嘘になる。先週もアーサーさんに似たようなことを言われた。
「こいつが想い続けているぞっこんの女さ」
ダルダさんとレイターのやりとりから、大体のところは想像していた。でも腹が立ってきた。
「変な人。そんな好きな相手がいるのに、女の人と見ればちゃらちゃら声かけておかしいわ」
「まあ、いいんじゃないか。レイターも手の届かない恋だけを追ってるわけにいかないからな」
レイターの片思いということのようだ。
「人生にはロマンとスリルとロマンスが必要なのさ。ガハハハ」
というか、ナンパとかそういう軽いことをしているから、本命の人とうまくいかないんじゃないだろうか。
* *
そして、我が社の工場拡張計画は一旦白紙となり、もう一度パキールの生態調査から行うことになった。
どうやらそこにダルダさんの実家が一枚噛むことになり(ダルダさんの実家は農業研究所も持っていたのだ)、ダルダさんはまた実家から小遣いをもらったと噂で聞いた。
*
本社へ戻ると隣の席のベルがわたしに頭を下げた。夏風邪はすっかり元気になっていた。
「ティリー、ごめんねぇ。こんなことになるとは思わなかったわ。宿泊ホテルに迫撃弾なんて前代未聞よ。怖かったでしょ~」
わたし以上に興奮しているベルを見ていたら、
「まあ、人生にロマンとスリルは付き物だから」
と、応えてしまった。まずい。あの二人に毒されてきた。
「レイターって噂通りの厄病神ね」
ベルの言葉に思いっきりうなづいた。
「ほんと、参っちゃうわ」
でも、もし、レイターがいなかったら、わたしは迫撃弾の炎の中で死んでいたかも知れない。そして、テロに屈する形で工場の拡張計画はつぶれていただろう。こんな目にあったとは言え、ダルダさんもわたしも怪我一つしていない。ボディーガードとして優秀だ。
また、彼に命を助けられた。
その時わたしは、気が付いた。レイターにお礼を言っていなかったことを。彼は命を救ってくれただけじゃない。ダルダさんとわたしの面倒な依頼にも応えてくれた。
きちんと感謝の気持ちを伝えなくては。通信回線をフェニックス号にセットした。
「およ、ティリーさんから連絡とはめずらしいね、どうしたんでい?」
寝起きだろうか、髪の毛がぼさぼさだ。だらけた姿のレイターがモニターに映った。皇宮警備の面影はみじんもない。
「伝えたいことがあって……」
命を救ってくれてありがとう。仕事以上の無理難題も聞いてくれて感謝しています。って言葉をちゃんと用意していたのに。
「きょうもイチゴちゃんなのかな?」
レイターがにやりと笑ってウインクした。
イチゴ……。スーツケースにはさまった下着が目に浮かんだ。恥ずかしさで顔に血がのぼってきた。
「ス、スケベ」
「あん? 俺に伝えたいことがあるんだろ。愛の告白かい?」
この人、わたしをからかって楽しんでいる。片思いの人がいるくせに。最低、やっぱり厄病神だ。
「はっきり伝えさせていただいます。レイターなんか大っきらい!」
それだけ言うとわたしは思いっきり通信機のスイッチを切った。 (おしまい)