銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第七話 彼氏とわたしと非日常(13:最終回)
レイターと付き合う前だった。リル星系へ出張したわたしとレイターはゲリラに身柄を拘束された。
ゲリラのロベルトは、「父を返せ!」とレイターに暴行を加え続けた。彼の父親はレイターに殺されたのだという。レイターは何一つ抵抗せず、その罰を甘んじて受け入れているように見えた。
どちらが死ぬかわからない戦地でロベルトの父親をレイターが撃墜した。仕方なかったのだ。レイターは悪くない。それでもロベルトの運命は悲惨なものへと一転した。
『赤い夢』という言葉がわたしの記憶の中に浮かび上がってきた。あの後だ。ロベルトたちに全身を痛めつけられたレイターが、高熱でうなされてつぶやいた。「赤い夢、見たくないと」
紐につながっているかのように、一つの記憶がほかの記憶を手繰り寄せる。
「夜も眠れないでいたわ。赤い夢を見るのが怖い、って怯えて」
御台所のヘレンさんから聞いた。『裏将軍』のころのレイターのことを。
わたしが見ているおちゃらけたレイターとのギャップが心の底で引っかかっていた。
*
わたしはゆっくりと口にした。
「赤い夢」
その言葉に触れた瞬間、レイターの身体がこわばった。
「アーサーの野郎か。くだらねぇ話をしやがって」
悪態をつく姿は、強がっているように見えた。
「きのうチャムールから話を聞いたけど、わたし、前から『赤い夢』のこと知ってた」
「あん?」
「ロベルトに暴行された後よ。自白剤が抜けなくて苦しんでいたあなたは、アーサーさんの艦でうなされていたのよ。赤い夢、見たくないって。だから、わたし、大丈夫、って言い続けた」
レイターが目を大きく見開いた。
「あれは、夢じゃなかったのか」
「だから今だって大丈夫、わたしがついているから。わたしに分かち合えることは話して」
彼はゆっくりとわたしを抱きしめた。
「しばらく、こうしていさせてくれ」
レイターの顔は見えなかった。そのままポツリポツリと語りだした。
「モリノ副長はさあ、真面目で堅物で、戦闘機乗りだけど俺とは全然気が合わなくて……殺したいって思ったこともあったんだ。そんな俺のことをガキん頃から、ずっと気にかけてくれて、俺を引き取りたいとまで言ってくれた……ガキだった俺は反抗ばかりして、礼も言ってなくて。いつか借りを返さなきゃって思ってたのに、全部間に合わなかった……アーサーの作戦は間違ってなかった。けど、敵は亜空間の臨界を超える数の戦闘機を繰り出してきやがった。俺としたことが、大気圏外の敵機に手こずった。どうしてあそこで一発で仕留められなかったのか、操縦桿の手触りを今でも何度も思い返す。あと三分早く戻れれば、援護ができたんだ。こないだS1見てたら、もたついたあん時のことが蘇ってきた……」
広い背中をさする。
「基地の近くで艦影が見えた時には被弾したフォレスト号は真っ赤に燃えてた。副長は自動操縦が効かなくなった後、部下を逃がして、エネルギー基地に墜落しねぇように操縦して自分だけ死んだんだ。俺は副長の命を守れなかった。大人になっても、何の恩返しもできなかった……名誉の戦死だとさ。二階級特進で中将に昇進で、戦闘機部隊長だった副長らしい最期だ、軍人だから本望だ、ってアレックは言ったけど、本当かよ」
レイターの肩が震えている。
おしゃべりな彼が心情を吐露するのを、初めて聞いた。この人はずっと一人で闇を抱えてきたのだ。
「今回、俺、敵を根絶やしにするほど撃墜したんだ。任務は成功した。なのに、何一つ喜べねぇ」
胃の中から血反吐を吐いているような声。聞いているわたしも苦しくなる。
レイターだってわかっているのだ。仇を討っても副長さんは戻ってこない。自分の辛さが増すだけだということを。
レイターはこの責苦をわたしに味わわせまいとして黙っていた。
哀悼の念と後悔と空虚な思い。
深い深いこの人の業を、わたしは受け止めることができるのだろうか。自信はない。でも、目の前にいるレイターを救いたい。わたしに話すことで少しでも軽くなるのなら、わたしは聴き続ける。
「大丈夫、大丈夫だから。レイターのせいじゃない。レイターは悪くない」
わたしはレイターの身体を抱きしめ、同じ言葉を繰り返した。レイターは悪くない。本当にそうなのかわからない。けれど、ほかに言葉は見つからなかった。 (おしまい)