銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第七話 彼氏とわたしと非日常(12)
「レイターが睡眠障害を再発しているんじゃないかって、アーサーが心配しているわ」
「睡眠障害?」
「悪夢を見て、眠れなくなるんですって」
「ソファーでゴロゴロしてるけど、眠れてないのかな」
「レイターのことだから、ティリーに心配かけまいとして自分から話さないと思うけれど、悪夢のことをレイターは『赤い夢』って呼んでるそうよ」
その言葉に聞き覚えがある。
「聞いたことがある。どこで聞いたんだろう?」
「アーサーは、ティリーならレイターを救えると考えている」
「救える? 彼女だから?」
「レイターにとって、あなたの存在が救いなんだそうよ」
重たい言葉に思わず身構えた。
「救い、ってわたしは一体どうすればいいの?」
「フローラはずっとレイターの話を聞いていたんですって」
「フローラさん?」
突然出てきたその名前が胸の辺りをかき乱す。アーサーさんの妹でレイターの前の彼女。
「アーサーとレイターが十二歳の頃から、過酷な戦地を回っていたことは知っているでしょ。ソラ系に戻ってきて二人に精神面のケアが必要と判断されたんですって。でも、レイターは病院へ行くことを嫌がって、フローラがカウンセリングを担っていたそうなの」
フローラさんはレイターにとって「救い」だったということだ。彼女はアーサーさんと同じく高知能民族だ。医師や心理士の知識を持っていたに違いない。わたしにその代わりは務まらない。けれど、
「ちゃんとカウンセラーにレイターを診てもらえばいいのね」
「ティリーしか、レイターを説得できる人はいないと思う」
「やってみる」
救い。その言葉にプレッシャーを感じながら、翌日わたしはフェニックス号へ向かった。
*
船の前に立つとドアが自然に開いた。
「レイターは居間で寝ています」
マザーは小声で伝えた。眠れないはずのレイターが寝ている。起こさないようにそっとソファーに近づく。
絞り出すようなうめき声が聞こえた。のぞき込むと眉間にシワを寄せ、苦しそうにうなされている。
チャムールが言っていた悪夢だ。
「レイター」
呼びかけてみたけれど反応はない。額に脂汗が浮かんでいた。息も荒い。これは、起こした方がいい。レイターの肩を大きく揺さぶった。
「レイター、起きて!」
「ティ、ティリーさん?」
レイターは、素早く起き上がるとわたしを抱きしめた。
「ったく、俺の寝こみを襲うつもりかよ」
いつもの軽口だ。でも、様子がおかしい。身体が固まったように動かない。必死に息を整えている。
「レイター、あなたはけが人なのよ」
「あん? 何言ってんだ。擦り傷一つねぇよ」
「チャムールから聞いたの。戦地で親しい人が亡くなったんでしょ。あなたは、無傷じゃない。心に傷を受けたのよ。深い傷を。ちゃんと治療を受けたほうがいいわ」
「チャムールさんもおせっかいだねぇ。平気平気」
「平気じゃない。病院へカウンセリングを受けにいこう」
「行かねぇよ。チャムールさんから聞いたんだろ。俺がジャックの命令無視してること。ジャックの奴、命令違反は減給だ、って脅しやがるから不当処分を申し立ててやろうと思ってるところさ」
お金にうるさいレイターが、減給されてもいかないとは。
「どうして、そこまで嫌なの?」
「病院が嫌いだから」
「じゃあ、ここにカウンセラーを呼ぶのはどう?」
「面倒くせぇ」
レイターは病院が嫌いだし面倒くさがり屋だ。けれど、彼の眼を見つめて問いかけた。
「本当の理由が知りたい」
レイターは困った顔でわたしを見つめ返した。青い瞳が揺れている。どこまでわたしに心を開いて本音を語るか葛藤している。お願い、逃げないで。
彼はぽつりとつぶやくように答えた。
「楽になりたくねぇんだ」
レイターの本心だ。楽になりたくない、ということは、裏を返せば苦しいという自覚があるということだ。
「どうして?」
「理由なんてねぇよ。そうしたいだけだから」
その言葉にリンクするように浮かんできた。あの日、抵抗せず蹴られるがままにしていたレイターの姿が。
(13:最終回)へ続く