銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第七話 彼氏とわたしと非日常(9)
**
朝起きて、ご飯を食べて仕事へ向かう。いつもと変わらない毎日。違うのはレイターと連絡が取れないこと。
彼は戦地へと向かった。いつまでどこへ行くのか、何も教えてくれなかった。知らされたのはアーサーさんと一緒ということだけだ。
彼女なら知っているのかもしれない。
「チャムールはアーサーさんがどこに行ったか聞いてる?」
会社の帰り道、二人きりのタイミングを狙って聞いてみた。
「ううん、大事なお仕事としか聞いてないわ」
チャムールは小さく首を横に振った。
「そっか」
アーサーさんの彼女であるチャムールも聞かされていなかった。わたしだけじゃなかったことに安堵する。その一方で不安は増幅した。大事な任務と危険度は比例するに違いない。チャムールも知らないということは、それだけ重要度が高いということだ。
「アーサーは天才軍師だから、大丈夫だと思う」
チャムールが自分に言い聞かせているように言った。
「そうだよね。レイターは不死身の厄病神だし」
つられる口にしてから、あまりいい例えじゃなかったことに気がついた。
わたしの日常は何ら変わらない。
『厄病神』が長期の休みを取っている。と社内では喜ばれてすらいた。
宇宙船を購入するお客さまにわたしは笑顔で会話をする。
「おめでとうございます。息子さんの就職が決まったんですね」
戦地でレイターが命の危険にさらされているかもしれないというのに。
何も起きていないかのように笑っている。
学校では『見えない戦争』と習った。
前線と呼ばれる周縁星系では戦闘が後を絶たたない。けれど、その地域以外の人は戦争が起きていることを知っているだけ。宇宙三世紀の間、そうやって続いている。
家で一人で待つ時間が長い。
お笑いチャンネルを見ても、笑ってはいけないような罪悪感に襲われる。
情報ネットの『戦争チャンネル』にあわせてみた。社会の授業で使って以来だ。ここでは見えない戦争を可視化している。
戦地のライブ映像やニュース番組が集められている。
地域選択を指定するよう求められた。前線星系の名前が次々と現れた。
わからないまま地域名を適当に選択する。
レイターは今どこにいるのだろう。軍服を着たわたしの知らない彼氏が戦地のどこかにいる。
地方議会の様子が映った。この星系では戦闘は二年前に収まったらしい。復興予算を審議していた。
戦闘地域にチェックを入れて検索する。「あなたは十二歳以上ですか?」と確認を求められた。生体認証スイッチに触れると画面が進んだ。
適当に選んだ地域の戦闘映像が流れる。砲撃され爆発するビル。ごった返す救急病院。地元の言語で叫び声が飛び交っている。
血を流し道端に倒れて動かない人の映像が映る。思わず目を閉じる。
これまで興味を持って戦争チャンネルを見たことはなかった。悲惨な映像は見たくない。どこかで避けていた。
けれど、この中にレイターがいるかも知れない。他人事とは思えなくなった。
わたしの勤めるクロノス社には軍事部門があり戦艦を建造している。
「戦争に加担するなんて許さん。軍事部門に配属になったら辞めて帰ってこい」
と鼻息荒く父はわたしに言った。
所属する営業部は、軍事案件に直接関わってはいない。けれど、会社が得た利益から給料をもらい。生活している。
苦しい。法に触れるような悪いことは何一つしていないのに。
(10)へ続く