銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(21)量産型ひまわりの七日間
拘束室へと戻る帰りの廊下で、自分は驚くべきことを目撃した。
この戦艦に幼い子どもが乗っていたのだ。男の子は走って近づいてくると、高い声で自分に話しかけてきた。語尾が上がる疑問形。何かをたずねているようだ。
くりくりとした目で自分を見つめる。敵意は感じない。
ヌイ軍曹が少年をたしなめる。
「すみません、騒がしい子で。ひまわりが図鑑と違っていたようで気になったようです」
「ひまわり?」
「ああ、我々はV五型機のことをひまわりという黄色い花の名称で呼んでいるんです。明るくたくましい花ですよ。アリオロンにはない花かも知れませんね」
戦闘機に花の愛称をつけるという感覚はよく理解できない。
「この子はいくつですか?」
「十二歳です」
娘と同じ年だ。将軍家の跡継ぎとも同じか。もっと幼く見えた。
「どうして戦艦に乗っているんですか?」
「親がいなくて、厨房で働いているんです」
信じられない。この戦艦アレクサンドリア号は前線を回っている。百歩譲って将軍家の跡継ぎの乗艦は理解できても、孤児を戦地で働かせるとは言語道断だ。我が同盟であれば、きちんと福祉政策で保護される存在だ。
フチチで自分に石を投げつけたあの女の子は、連邦できちんと保護されたのだろうか。
子どもがヌイ軍曹の服を引っ張る。
「グリロット中尉、嫌いな食べ物はありますか?」
「特にありません」
「食事にリクエストがあれば受けると言ってますが」
「いつも美味しくいただいている、と伝えてください」
子どもは、にかっと歯を見せて笑った。人懐っこい子だ。
将軍家の少年も、連邦の兵士もおのおのが悪い人間ではない。だが、彼らのシステムは間違っている。世襲制を取る連邦の支配に置かれたら、一部の権力者のもとで弱者が虐げられる。
自分が戦死したら、娘は十分な教育も受けられず、戦地へ送られるということだ。故郷をそんな世界にはしたくない。
もし、連邦が先に亜空間破壊兵器を手にすることになったら、我々は敗北する。
その時、思いついた。連邦にV五型機のデータを渡さない最終手段を。
「トウモロコシは連邦にもありますよね?」
「もちろん、ありますよ」
「自分は焼いたトウモロコシが好きです」
ヌイ軍曹が伝えると、子どもが「やったぁ!」と飛び上がった。言葉はわからないが喜んでいる。おそらくトウモロコシが備蓄されているのだろう。
この少年が虐待を受けているようには見えない。だが、子どもとしての権利は奪われている。
好奇心旺盛なのか、早口で熱量高く話しかけてくる。屈強な兵士が押し止めると、口を尖らせてその場を離れていった。
決意が固まる。自分の命に代えても連邦にデータを渡すことは断じてさせない。