銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(7) 量産型ひまわりの七日間
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この艦から追い出されねぇためには、どうすればいい? 裏社会から追われてることをモリノ副長に正直に伝えるか? いや、真面目でお節介な副長だ、話がおかしな方向にいきかねねぇ。
俺は副長と顔をあわせないように避けていた。
けど、狭い艦内だ、限界はある。
「ほい、ステーキランチだよ」
軽く焼いた肉をプレートにのせて配膳していると、モリノ副長が目の前に立っていた。
「気持ちは決まったか?」
「俺、どうしてもソラ系には帰りたくないんです」
目を見て本気だと訴えかけてみる。
「そうか。では、私の実家ではなく、ソラ系とは違う施設をあたってみるか」
ダメだ。ダグの力はソラ系だけじゃねぇ、銀河中に及んでいる。逃げられねぇ。
いい色になってきた手元の肉をひっくり返す。俺はダグに行かされた屋外のパーティを思い出した。
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ダグから手に収まる小さな瓶を渡された。透明な液体が入っていた。「これを一滴肉にふりかけろ。調味料だ。サプライズだからバレるなよ」と。
著名人が開いた豪勢なバーベキューパーティだった。俺は、どこぞの実業家の親戚の子どもって役割で、ダグが用意した制服みたいなブレザーを着て一人で出席した。
青空のもと家族同伴のそのパーティはいいところの坊ちゃんたちが参加してにぎわっていた。バーベキューコンロで焼かれた極上の肉がいい匂いを漂わせている。
腹の突き出た評議会議員が姿を見せた。情報通りの肉好きだ。話に夢中になっているそいつがステーキののった皿をテーブルの上に置いた。
俺は調味料を手にそっと近づいた。
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「レイター、気配が残ってるぞ」
手品師だったカレットじいさんは中々俺を褒めてくれなかった。じいさんが腕に着けてる通信機を気づかれないように盗み取る。ポケットから盗むより段違いに難しい。
じいさんにはバレバレだが一般人に気づかれたことはねぇ。繁華街でスッた高級通信機をダグんちの盗品市場担当に渡すと、いくらか稼げた。その金でパンを買う。
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そんな俺にとって、人があふれたバーベキューパーティーでバレねぇように調味料を振りかけるなんて朝飯前だった。
評議会議員が、嬉しそうに遠縁のガキの頭を撫でている。
少し離れたテーブルから俺は観察していた。肉をちゃんと食べたか確認しろ、とダグに言われていた。何の香りもしなかったあの調味料を議員は喜ぶんだろうか。
あいつがその肉を口にした。驚くでも喜ぶでもなく、談笑しながら肉を頬張ってている。調味料に気づいた様子はない。俺は首を傾げたままパーティ会場を離れた。
二日後、その議員の訃報が大きくニュースで流れた。心臓発作だった。元から持病があったらしい。俺のやったこととあいつの死に因果関係があるかどうか知らねぇ。ただ、ダグは上機嫌だった。
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あれは遅効性の毒だったのだろう。俺はこれまでそのことに気づかないでいた。いや気づかないフリをしていた。無味無臭の調味料という矛盾を俺は心の奥にしまい込んでいた。
苦みがジワリと滲み出る。と同時に思いついた。毒殺は楽だ。ナイフを突き刺すより、よっぽど簡単だ。
目の前に立つモリノ副長にパチパチと油が跳ねるプレートを渡す。肉はあの日のようにこんがりといい色をしていた。あの調味料をここで振りかけたら、俺は楽になれる。
「焼きたてです」
副長さえいなくなれば、俺はこの艦に乗っていられる。
調理場の仕事が終わった後、機関室の倉庫へ向かった。この艦の防犯システムについては調べてある。パスコードで解除して微量の洗浄用薬品を持ち出した。カプセルに詰めたこの一滴を副長の飯に垂らせばいい。
俺は配膳係だ。機会はいくらでもある。
(8)へ続く