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銀河フェニックス物語 <恋愛編>  第七話 彼氏とわたしと非日常(6)

銀河フェニックス物語 総目次
第七話 彼氏とわたしと非日常 (1) (2) (3) (4) (5)
<恋愛編マガジン>

* *

『あの感覚』への到達は、俺の想像以上に困難だ。
「難しいな」
 思わず弱音を吐いた俺に、ティリーさんが無邪気に提案する。
「もう一度、白魔と対戦してみたら『あの感覚』をつかめるんじゃないの?」
 同じことは俺も考えた。スチュワートに白魔を薦めてS1に乗せた。アフターケアと称して、何度も練習相手になった。コースでも飛んだし、小惑星帯でも対戦したが『あの感覚』は訪れなかった。

 初めて白魔と対戦した時、どうして『あの感覚』に入れたのか、いくら分析しても見えてこねぇ。
 かと言って、手ごたえが全くない訳じゃねぇ。S1でプロのレーサーたちと戦った経験は俺の身体に記憶として刻まれた。タイムは少しずつ伸びてる。
 彼女を乗せて小惑星帯を飛ばす。
 ティリーさんが『あの感覚』への触媒なんじゃねぇかと考えたこともあった。だが、そんな単純に答えがでる話じゃなかった。

 『あの感覚』がもたらす、多幸感、恍惚感、全能感には及ばねぇが、ティリーさんと一緒に飛ばしていると安定した心地よさに包まれる。

 ずっと求めて、手に入らなかったものを、俺は今、手にしている。

 俺の夢だった。
 俺の船でフローラと一緒に銀河中を飛び回ることが……

 毎日毎日、フローラと他愛のない話をした。
「俺はさ『銀河一の操縦士』になるのが夢だけど、あんたは将来何になりたいんだよ?」
「レイターのお嫁さん」
「それでいいならすぐに叶うぞ。けど、ほかにやりてぇ仕事とかねぇのか?」
「お花屋さんかな」
「わかった。じゃあ、俺の船で宇宙中旅しながら花売って暮らすってのはどうだ」
「楽しみだわ」
 そう言ってフローラは笑った。大きな夢ってわけじゃねぇ、手に届く未来だと思ってた。他愛のない日常、って奴はずっと続いていくもんだって疑ってなかった。

 アステロイドの飛ばしから戻り、師匠のレース映像をティリーさんと見る。何度見てもカーペンターはすごい。その桁外れな操縦の感性をティリーさんと共有できるのがうれしい。

「師匠とレイターはどっちが速いの?」
 その答えを俺も知りたい。今の俺なら師匠に勝てるのか。いや、『あの感覚』を操れない俺があいつに勝てるわけがねぇ。
「刑務所から出てきて、レイターの師匠になったということ?」
 カーペンターと俺の関係をティリーさんが聞きたがってる。けど、あの頃のことを今は触れられたくねぇ。過去から人は逃げられねぇんだ、ってことを思い知る。いや、別に逃げてるわけじゃねぇけどな。うまく説明できる気がしねぇ。嫌われたくねぇって感情が俺に残ってたことに驚く。

 フェニックス号にはティリーさんの調理用エプロンが置いてある。一人じゃ任せられねぇが、一緒に飯を作る。

 火のコンロの扱いにも慣れてきた。芋を炒めるティリーさんが、俺に顔を向ける。
「あん? どうした?」

「こんなに弱火で大丈夫かしら」
「いいんじゃね。じっくりゆっくり頼むぜ」
 コンロの火をのぞきこむティリーさんが、かわいくて仕方ねぇ。抱きしめたくなる。

 向かい合って飯を食う。
「おいしい」
「当り前さ、俺が作ってんだ」
「あら、わたしの炒め方がよかったんでしょ」

 会話の全てに「幸福」という言葉が刷り込まれているようだ。
 日常がその「幸福」ってやつをどんどんと送り込んできて、世界を膨らませていく。

 俺はこの感覚を知っている。身体中の細胞が満ち足りた世界。
 そして、俺は知っている。この「幸福」って世界はシャボン玉のように一瞬で壊れてしまうことを。
 膨らめば膨らむほど、俺は怖くなる。これ以上追い求めることを自制する。失う辛さを俺の身体は覚えている。

(7)へ続く 



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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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