銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第七話 彼氏とわたしと非日常(10)
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フェニックス号へとわたしは走った。
「ティリーさん、ただいまぁ」
出張帰りと変わらぬ様子の彼がいた。
「けがしなかった?」
「平気平気、無傷だぜ。すまねぇな、みやげ、買ってこれなかった」
いつもと同じ軽い調子。
「お土産なんていらないわよ。無事でよかった」
レイターとハグをする。走ってきたから息が整わない。彼とわたしの心臓の音がリンクして聞こえる。体温を感じながら「よかった」という言葉が何度も何度も口からあふれた。
『戦争チャンネル』を見過ぎた。命を落とす兵士たちの映像とレイターが重なって怖かった。
「戦闘機に乗ったの?」
「……」
「大変だった?」
「俺、腹減ってんだ。飯食おうぜ」
彼はするりと話題を切り替えた。
*
日常が戻ってきた、と思う。
会社で見るレイターは相変わらずのお調子者で、楽しそうに女子社員とおしゃべりをしている。
けれど、フェニックス号に戻るとエネルギー切れを起こしたロボットのようにリビングのソファーに横になっていた。
「疲れてるんじゃないの?」
「あん? 俺はゴロ寝するのが好きなんだ」
「それは知ってるけど」
戦地は大変だったに違いない。それを口にしていいのかどうか判断がつかない。
週末、フェニックス号でレイターとS1レースを観ていた。
「よし!」
思わずガッツポーズが出る。予選で久しぶりにうちの、クロノスのマッキントッシュがポールポジションを取ったのだ。
二位はオクダでその後ろが白魔、アルファール、といつものメンバーが並んでいる。
「がんばって、マッキントッシュ」
祈る気持ちで画面を見つめる。ファンというより社員としての義務感だ。腕は決して悪くないのだけれど『無敗の貴公子』と比べてルックスも操縦もすべて地味。推しのエースを応援していた時のようにはのめりこめない。
赤いスタートシグナルが消えた。マッキントッシュがトップのまま上手く飛び出す。いい感じだ。
「ねえ、レイター。マッキントッシュはこのまま逃げ切れると思う?」
「どうだろな」
返事に力がなかった。
安定して速いクロノスの機体。エースの陰に隠れて目立たなかったけれど、堅実な飛ばしで完走率は高い。何とか優勝してほしい。
トップ集団の四機は終盤まで、その順番を変えることなく飛ばしていた。一体、どこで誰が仕掛けるのか。緊張で肩に力が入る。
団子状態で最終コーナーに入った。後方から『兄弟ウォール』のアルファールが突っ込んできた。危険飛行に慣れている悪役レーサーがギリギリまで攻める。いや、ギリギリを超えた危険飛行だ。
四機がもつれる。水色に発行するコーナーガード柵が白く光った。まずい、先頭を飛ばすクロノスの機体が接触した。
曲がり切った時、順位は入れ替わっていた。
トップはアルファール。続いて白魔、オクダとなり、マッキントッシュは四位に落ちた。
「ちょっと、今のアルファールは規程違反よ。危険飛行よね?」
レイターに声をかける。
「悪りい、よく見てなかった」
「は?」
ありえない。今のシーンを見ないでこのレースの何を見ていたのだろう。
「ああ、悔しい。折角のポールポジションだったのに」
危険飛行は認定されずアルファールが初優勝した。今回もクロノスは表彰台に昇れなかった。
いつもならレイターはここで冷やかしてくる。なのに、無表情のまま表彰式を見つめていた。この反応の薄さは異常だ。
「絶対おかしいわよ。体調悪いんじゃないの?」
「あん? レースが下手くそすぎて、見てらんなかったんだよ」
おちゃらけた笑顔を見せる。わざとらしさが苛立ちを募らせる。
「ねえ、何があったの? このところ変よ」
「変人にとっての変は常識人。まったく問題ねぇな」
「それ、わたしが変人だって言ってるの?」
納得いかないままレイターが作った夕飯を食べる。いつもならアルデンテのはずのパスタに腰がなかった。ゆで時間を間違えたんだ。ありえない。
(11)へ続く