銀河フェニックス物語<少年編>第十六話(12)感謝祭の大魔術
アレック艦長はモノマネを披露していた。
ただ誰の真似だかさっぱり分からない。私だけではなく他の隊員たちも反応に困っている。艦長は自分では面白いと思っているのだろうが、「下手くそお!」とヤジが飛び、笑いを誘っていた。今日は無礼講だ。
順番が近づいて来た。
私は楽屋として用意された裏の部屋でマジシャンの衣装に着替えた。帽子をかぶりマントを付ける。
ぶかぶかのタキシードを着たレイターが近づいてきた。
「最後はあんたと手をつないで万歳してから、礼をする。右、左、真ん中だ」
「わかっている」
こいつの頭には成功した自分のイメージしかない。ブースターの目盛りは『5』にしているのだろう。ぶっつけ本番でやるつもりだ。レイターの言う通り、これは真剣勝負だ。
同じタキシード姿でもギターを下げたヌイは決まっていた。音楽祭の授賞式を彷彿させる。少し長髪で優し気な顔つき。どこから見ても軍人には見えない。
「僕は裏で待っているから。お前さん、ちゃんと帰って来いよ」
「任せとけって」
レイターは笑顔で応えた。
*
子どもの頃から人前に立つことには慣れている。なのに珍しいな。指の先が冷たい。息を長く吐いて呼吸を整える。ここまで来たら、やれることをやるだけだ。
レイターが言うところのミステリアスな音楽がかかる。ステージへと踏み出す。
「ほぉ」
拍手とともにこれまで自分に寄せられたことのない声が聞こえた。怪しげなマジシャンに仮装するなど初めてだ。恥ずかしくないと言えば噓になるが、意外性は観客の興味を誘う。レイターの作戦は正しい。
正面を向いて無言でカードさばきを始める。
「あんたは邪悪な魔導士だ。蛇を思い通りに扱える」師匠の言葉を頭にトランプを操る。カードがいつもより上手く手に吸い付く感じがあった。扇形に開いたカードを蛇をイメージして動かす。命を吹き込むとまではいかないが、滑らかに形作る。
「ヒュー」
観客から感嘆の口笛と拍手が聞こえた。
「どなたか手伝って下さい」
私の呼びかけに数人が手をあげる。師匠の指示は「階級の高い奴を指名しろ」だ。
モリノ副長を指名する。「上の奴が騙されてアホ面するのを見るのは楽しいだろ」とあいつは言った。
ハートのクイーンの束であることを気づかれないようモリノ副長に一枚引かせる。
「私に見えない様にして、そのマークと数を覚えて下さい」
副長は引いたカードを観客にかざした。皆んながハートのクイーンを覚えたところで、カードを戻してもらう。
ここで、ハートのクイーンが入っていない普通のトランプとすり替える。「失敗しねぇように、って考えたら失敗するぜ。船の操縦と一緒さ。カーペンターによく怒られたもんさ。小惑星帯を抜ける時に、ぶつけないって考えるな、きれいに旋回するイメージだけ持てって」師匠たちの言葉が自分を支える。すり替えは誰にも気づかれなかった。
目を閉じて副長の方を向く。
レイターの演技指導は「思いっきりもったいぶって、できる限り芝居がかれ」だ。私は邪悪な魔導士だ。
「副長、あなたが引いたカードが瞼の裏に浮かんできました……赤い札、そして女性の姿が見えます」
なり切りながら、ゆっくりと目を開き、副長を見つめて伝える。
「貴方が選んだのはハートのクイーンですね」
「おおおぉ」
歓声が起こる。気持ちがいい。すり替えたカードの束を副長に渡す。
「そして、その女王は私がいただきました」
「何?」
「あなたの手の中に女王はいません」
副長が手にしたトランプを一枚一枚確認する。
「おい、本当にハートのクイーンが無いぞ」
観客もざわついている。静まるのを一拍待ってから口にする。ここが一番の見せ場だ。
(13)へ続く