銀河フェニックス物語<少年編>第十六話(8)感謝祭の大魔術
「そんな難しい顔しないでおくれ、お前さんはこれでプロになるわけじゃないんだから。感謝祭の出し物としては申し分ないよ」
ヌイの言っていることは正しい。だが、釈然としない。
「どうして、レイターはそれが出来るんでしょうか?」
「うーん。あの子はいい先生に恵まれているね。一流、と言うのかな。本物に触れて育ってる」
やはり話は師匠へと辿り着く。カレット・メアはプロのマジシャンの中でもトップクラスだった。ヌイはレイターの過去をどのぐらい知っているのだろう。
「一流の人だったんだと思うんだよね。レイターの母親って」
「母親、ですか?」
ヌイが持ち出した名前はカレット・メアではなかった。住民データベースに偽造情報が登録されていたレイターの母。
「セントラル音楽学院で音楽を学んだと言うだけでもすごいけど、あいつを見てると伝わってくるんだ。ムーサに本気で愛されてた人だって」
セントラル音楽学院は難関の名門校だ。音楽の技術は確かだったのだろうが、偽造登録で入学できるとは思えない。違和感に包まれる。
「レイターの弾く鍵盤聞いたことあるかい?」
「いえ」
「凄いんだよ。技術が」
「そうなんですか」
初耳だ。
「だから、彼のお母さんは外で弾くな、ってレイターに言いつけていたんだそうだ」
「上手いのに、ですか」
「あいつにとって鍵盤を弾くのはゲームなんだよ。速く間違えないでボタンを押すっていう。そこに、精神性や芸術性がまるでないんだ。不思議な子だよ、歌やギターだと感情を表現できるのに、鍵盤だと出来ないんだ。だから、母親は封印したんだと思うんだよね」
「封印する必要があったのでしょうか」
「僕の想像だけれど、技術が秀でた子どもは、すぐ天才少年って持ち上げられるからね」
天才少年、と言う言葉が引っかかる。自分はずっとそう呼ばれて育ってきた。
「アーサー、お前さんはいいんだ、僕らが考える天才と同じことができるんだから。でも音楽の天才は技術が上手いだけじゃダメだ。レイターのお母さんは一流だから、そこを勘違いさせないで、ちゃんと育てたかったんじゃないのかなあ。あいつは表現において芸術的なセンスを持ち合わせているから」
「それで心を動かす実演ができると」
「それだけじゃないよ。あいつが身に着けている音楽の知識は半端なものじゃないんだよ。素晴らしい教育者が正しい道を導いていたのに、僕では続きを教えてあげられない。ほんとムーサに申し訳ない」
残念そうに肩を落とすヌイの話を聞きながら、私は自分自身を振り返った。
「私にはこれまで師と仰ぐ人がいませんでした。自分の成長の限界が見える気がします」
一流の素晴らしい教育者、すなわち師匠とのやりとりから人は壁を超えて成長する。レイターには母がいて、カレット・メアがいて、カーペンターがいた。本物に直接触れる、という関わりがあった。見て盗む中にも関わりが存在する。私は自分がこれまで関わりと言う部分を軽視していたことに気づいた。
「随分と恐れ多いことを言うね。お前さんのその柔軟さはまだまだ成長を感じさせるよ。ところで、一人称を変えたんだね」
「はい」
ヌイは気が付いてくれた。
「いいと思うよ。お前さんは十二歳に見えないから、僕より私のほうがしっくりくる。坊ちゃんと呼びにくくなったよ」
ヌイとの会話を通じて、私はある決意をした。 それは相当にハードルの高い決意だった。
何と言ってもレイターを師として仰ごうというのだから。
(9)へ続く