銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(13)量産型ひまわりの七日間
アリオロンの帝都ログイオンで開催された学会記事だった。
『亜空間破壊兵器について』と題されている。
高密度の星間物質を亜空間に送り込んで、意図的に時空震を発生させ、その巨大エネルギーを兵器利用する理論だ。実現すれば宇宙を崩壊させるほどの力を持つ、と指摘している。
当時、学会では夢物語でしかない空想科学兵器、として扱われ一顧だにされなかったようだ。
だが、亜空間飛行技術が進化した今、亜空間を利用して時空震を発生させることは不可能ではない。問題は制御ができないことだ。自然発生する時空震は時間とともに自然収束するが、そのシステムは未解明のままだ。仮に、人工的に時空震を発生させた場合、収束させる手立てはない。時空の裂け目が広がり続けた場合、まさに宇宙が飲み込まれ崩壊していく。
研究所はこの恐ろしい兵器の開発を行っているのではないだろうか。
*
先週のことだ。打ち合わせの席で、新しく着任した指令官が自分を指名した。
「グリロット中尉。来週、連邦軍がフチチ星系で観艦式を開催する。鮫ノ口におけるデータ回収の後、フチチ領域に入り、領空侵犯後に敵機が何分でスクランブル飛行してくるか、確認してきてくれたまえ」
「申し訳ございませんが、データ回収の後はできません」
データを持ったまま連邦の領域に入ることはリスクが大きい。
「データ回収の時期をずらせばいいだろう」
「回収の周期が決まっております。それにあのV五型機は観測用に改造されておりまして」
司令官がにらんだ。自分の説明は言い訳にしか聞こえていない。
「では、連邦に観艦式の日取りを変えてもらうかね。これは決定事項だ。君は随分優遇されているが、研究所から何を指示されている?」
「暗黒星雲の観測です」
「それが、我が軍の何に役立つのだ?」
「自分にはわかりません」
正直に答えた。だが、司令官の眉は怒りではねた。
フチチ侵攻から六年。あの首都空襲に一緒に向かった同僚はほとんど残っていない。特別任務の自分は孤立していた。
「グリロット中尉、はっきり言っておく。ここでの上官は私だ。君は誰よりも鮫ノ口の飛行に慣れている。その技術でこのタロガロ基地に役立つ働きをしてもらいたい」
司令官が研究所の秘密体質を快く思っていないことは感じていた。
「承知いたしました」
V五型機でいつものように鮫ノ口の観測機へ向かう。データをコネクトして取り出し、その後、フチチ領へ侵入した。
スクランブルで飛んできた敵機を見た時に思いついた。このフチチ機を連れて帰れば、司令官の手柄になる。
研究所ではなく、基地のための成果。その言葉が自分の判断を鈍らせた。
*
「時間です。部屋に戻っていただきます」
久しぶりのランニングで息が切れた。体力を戻さなくては。
自分を見張っているこの少年は危険だ。権力の象徴である将軍家の跡取りで、銀河連邦一の天才なのだ。
彼はV五型機に搭載されているデータが何を意味するか読み取る力を持っている。亜空間破壊兵器のことにも気づいてしまうに違いない。彼の手に渡る前に、何としてもデータを消去しなくては。
いちかばちか、銃を奪って逃走を試みるか。いや、訓練された兵士二人を相手にするのは無理だ。無謀なチャレンジは最後の最後まで取っておくべきだ。
とにかく部屋から出るきっかけは作った。ここから突破していくしかない。
(14)へ続く