銀河フェニックス物語【ハイスクール編】 第一話 転校生は将軍家?! まとめ読み版
あいつと初めて会ったのは、ハイスクール一年生のまだ暑い季節だった。
長い夏休みが空けて、久しぶりの学校はかったるかった。教室の一番後ろの席からぼーっと空を見上げると、青い地球がぽっかり浮かんでいた。
オレのクラスに編入してきたあいつは、たまたま空いていたオレの隣の席に座った。
「よろしくな」
笑顔を見せるあいつに、オレも一応名乗ってあいさつした。
「オレはロッキー・スコットだ。よろしく」
あいつのことは転校してくる前から噂になってた。
なんと言ってもトライムス将軍家の人間なのだ。トライムス将軍家といえば、代々当主が銀河連邦軍の最高指揮官を務めるという、連邦中に響きわたる名士。
この学校から歩いて行けるところに居宅として『月の御屋敷』と呼ばれるお城を構えている。
トライムス家にはその跡取りに、オレと同い年でアーサーっていう名の超天才少年がいる。
その天才少年と同い年のみなしごを先日将軍が引き取った、ってことは地元の誰もが知ってる話だった。
だからそいつが、うちの公立ハイスクールへ転校してくると聞いて、どんな奴なのか、みんな興味を持っていた。
*
教師に連れられて、教室へ入ってきたあいつを初めて見た時、意外な感じがした。将軍家って言葉に張り付いている、威厳みたいなものがまるでない。
背が低くて細っこくて、やたらと幼く見える。もしかして飛び級してるのか?
「俺、レイター・フェニックス」
しゃべると頭が良さそうには見えなかった。声変わりしてない高い声。
「こんなかわいい女子のみんながいてくれると、学校も楽しそうだな。一つよろしく頼むぜ」
と、まあとにかく最初から、レイターは女共に愛想が良かった。
*
「おい、転校生。後で裏山へ来い」
休み時間にスクールギャングのボス、キーレンがレイターを呼びつけた。
「あん?」
「将軍家だか知らねぇが、でかい顔はさせねぇぜ」
それだけ言うとキーレンは、巨体を揺らして部屋から出ていった。
レイターがオレに聞いた。
「歓迎会やってくれんのかな?」
こいつは馬鹿かよ。どう見たってそういう雰囲気じゃないだろうが。
「あいつはキーレンって言って、この学校の番長さ」
「番長?」
「スクールギャングだよ。マフィアの下部組織っつうか、不良の元締めっつうか、とにかく学校で喧嘩が一番強いんだ。行っても殴られるし、行かなくても殴られる。どっちかって言うと、素直に行った方が被害が少ない」
「ふぅ~ん。楽しそうだな。行くの止めてみよ」
レイターはうれしそうな顔をした。
「おまえ、人の話ちゃんと聞いてるか?」
オレは心配になった。
キーレンはガキの頃から体がでかくていじめっこだった。
腕っぷしが強くて、今年入学すると同時に、スクールギャングの前のボスを叩きのめして番長の座を奪い取った。
さらに近隣の学校も次々と傘下に治めて、あいつに楯突ける奴はこの周辺には誰もいない。
キーレンは、自分が一番強いって示しておきたいから、転校生が来るととりあえず一発は殴らないと気が済まない。
通過儀礼みたいなもんだから、ま、素直に殴られておくってのが賢いやり方だ。
「とりあえず、授業終わったら裏山へ行けよ」
オレは親切に忠告した。
「やだよん」
「一発殴られるだけですむ」
「やだよん」
「どのみち、痛い目に遭うぜ」
「どうかな?」
レイターはくすりと楽しげに笑った。
*
結局、レイターは裏山へ行かなかったようだ。
翌朝、登校したらすぐにわかった。
キーレンの手下が門のところで待ちかまえていた。
裏山だったら誰にも知られないけれど、あいつ、みんなの見てる目の前でボコボコにされちゃうぞ。始業時間前の中庭ってのは、教師は職員会議で誰も見ていない格好のリングなんだ。
*
オレは二階の教室の窓から中庭を見た。
キーレンたちに囲まれてレイターが入ってきた。
大人の中に子供が一人だけ混ざっているみたいだ。
オレだったら、それだけでびびっちまうのに、あいつは緊張感無くオレに手を振った。
「おはよぉ、ロッキー。おはよぉ、女子のみなさん。俺、レイター・フェニックス。よろしく」
あいつは自分の置かれてる立場、ってもんわかってるんだろか。
教室という教室の窓から生徒が群がって、中庭を見てる。
「こんな立派な歓迎会、ありがとう」
歓迎会と間違えてるのかよ。
「とくと歓迎してやる!」
あ~あ、キーレンの怒りのツボを刺激してるよ。
女共は心配そうな顔をして固まってる。
でも、誰も教師に連絡したりしない。そんなことしたら後で大変だってわかってるから。
向かい合ったレイターとキーレンは、身長が三十センチは違う。
一発殴られて倒れちまうのが一番いい。下手に抵抗するとキーレンの奴、歯止めがきかなくなっちまう。
中庭も教室内も、緊張で静まり返る。
もし、ほんとに危険な状態になったら、みんなオレに止めに行けって言うんだろうな。オレとキーレンは家が近くて、ガキの頃はよく遊んだ。
だから、今もタメ口で話す。
ああ、めんどくさい。オレが言ったってキーレンは止めないってわかってるのに。
とにかく一発でやられてくれ、とオレは祈った。
「お前の、歓迎会だ!」
笑ってるんだか怒ってるんだかわからない怖い顔で、キーレンがレイターに襲いかかった。
女共は目を手で覆いながら、指の隙間から見てやがる。
と、何が起こったのか、よくわからなかった。
レイターに触れるかどうか、ってところでキーレンの体が空中に吹っ飛び、ひっくり返った。転んだのか?
あわててほかの連中がレイターに向かっていく。
何なんだあいつ。手品を見ているようだ。
キーレンの手下たちが、バタバタと倒れていく。
一撃で的確に急所を狙ってる、ってことか。
十秒でけりが付いた。
「余興はこれで終わりかな?」
キーレンは嫌われ者だったから、みんなキーレンに見えないようにしてレイターに拍手を送った。
やっぱり将軍家の息子は普通じゃない。
レイターは、息一つ切らすことなく教室へ入ってきた。
そのまま何もなかったような顔で、オレの隣に座った。
「お前って、喧嘩強いんだな」
「っつうか、命かかってねぇ喧嘩って久しぶりだったから、あんなもんだろ」
こいつの言ってる意味が、よくわかんない。
「お前ってさ、ここへ来るまで、どこにいたんだ?」
「軍艦の飯炊きバイト」
「へぇ、それで将軍の息子に?」
「あん? 俺はジャックの息子じゃねぇよ。ジャックの息子はアーサーって変な奴だ。俺はたまたま、そいつの乗ってる艦で働いてたんだ」
「天才少年のことは知ってる。だけど、おまえ将軍家に引き取られたんだろ」
「うんにゃ、居候してるだけだ。ジャックには後見人になってもらってるけどな。養子になんてなったら、アーサーの野郎と兄弟になっちまうじゃねぇかよ!」
レイターは露骨に嫌そうな顔をした。こいつと天才少年は、仲が良くないようだ。
わかる気がする。
天才少年のことは、メディアで見るけれど、背が高くて隙の無い大人っぽい少年で、どうみても、こいつと気が合う様には見えない。
*
隣の席でレイターは、ほとんど、いや、全然授業を聞いてなかった。
オレも授業は好きじゃないけど、こいつ、オレ以上にやる気がない。寝てるか、ずっと宇宙船の落書きを書いてる。
チビだから、前の奴の影になってて教師も気づいてない。
授業中、レイターはどんな簡単な問題を当てられても「わかりません」って堂々と答えた。そもそも、こいつ質問を聞いてないし。
教師は困った顔はしたけれど、何も言わなかった。ま、将軍家だからな。特別待遇でも不思議じゃない。
昼飯は弁当を持ってきていた。
「金は節約しねぇとな」
将軍家のお手伝いさんが作ってくれるそうだ。レイターは妙に礼儀正しくうれしそうに飯を食った。
オレは、購買で買った総菜パンを食べながら聞いてみた。
「お前さ、学校に何しに来てんの?」
「決まってるだろ。ハイスクール生活を謳歌するためさ」
というが早いか、レイターは女子共と楽しそうにおしゃべりを始めた。
*
オレの家は『月の御屋敷』の先にある。レイターとは帰り道が一緒だ。
授業が終わり、オレとレイターが校門を出ると、キーレンの手下が寄ってきた。
「レイター、悪いが俺と一緒に来い。キーレンが呼んでる」
「来て欲しいなら、自分で呼びに来いっつっとけ」
レイターは断った。
「た、頼む、お前が来ないと、俺が殴られる」
手下の泣きそうな顔を見ると、レイターはちょっと考えて
「わかった」
と答えた。
オレは行きたくなかったけど仕方がない。後からついていった。
そこはいつもの裏山だった。
*
うちの学校の生徒だけじゃない、キーレンを中心に三十人ぐらい、柄の悪そうな奴らが集まっていた。一目でスクールギャング、ってレッテルを貼って間違いない奴らだ。
「朝は油断したぜ。よくも恥をかかせてくれたな」
「あんたが勝手にかいたんだろ」
また、こいつキーレンの怒りのツボを押してる。
「ロッキー、後ろに下がってろ」
「い、いやオレもここにいるよ」
オレは強がった。
オレは喧嘩は強くないが、サッカー部で鍛えた逃げ足には自信がある。
「じゃ、けがしねぇように気をつけな。あいつら武器持ってるから」
よく見るとキーレンの手にはナイフが、ほかの奴らも木刀やら鉄パイプやら、危なっかしいものをみんな手にしてる。
や、やばい。オレは青ざめた。
「このチビ!」
キーレンの手下が木刀でレイターに襲いかかった。
レイターが、すっとかわしながら蹴りを入れる。
「チビっつうな」
手下は地面に倒れたまま動かなくなった。
オレは少しずつ後ろへ下がった。
悪いが、オレには一緒に戦うだけの能力はない。逃げないのが精一杯の抵抗だ。
ほかの連中も武器を使って、次々と攻撃を仕掛ける。
チビだし素手だし、どう見ても、よってたかってレイターをいじめているようにしか見えないんだけれど、あいつの動き、普通じゃない。カンフー映画みたいだ。
相手の動きを見切ってる、っていうのか、一人、また一人と倒れていく。
キーレンがあせってる。
ナイフを取り出して、レイターの背後から狙うのが見えた。
オレは叫んだ。
「レイター、後ろ!」
レイターは振り向きざまに、キーレンの手首をつかんで捻った。
あいつ、身体が柔らかい。自分の頭より上に足が上がる。
そのまま、キーレンの顔面に蹴りを入れる。
一瞬の出来事。
キーレンが鼻血を出して倒れた。
そのままキーレンの腕をねじあげて背中の上で踏みつけると、レイターはキーレンの首筋に取り上げたナイフをあてた。
レーザーナイフだ。
キーレンのうなじあたりの毛が、じりじりと焦げて煙があがる。
「苦しんで死ぬのと、苦しまないで死ぬのとどっちがいい?」
抑揚のないレイターの言葉に、その場にいた全員が凍り付いた。
こいつ、何の迷いもなく平気で人を殺せるんじゃないか。
そう思わせる空気がそこにあった。
「や、やめろレイター」
オレはかろうじて声を出した。
「あん? ロッキー。俺はただ質問してるだけだぜ」
口調はやわらかかったが、緊張感は溶けない。
レイターはレーザーナイフを手のひらの上でくるくると回した。
一体、どうやってキーレンの身体を押さえつけているのだろう。体重はキーレンの半分ぐらいにしか見えないのに。
「じゃあ、次の質問。キーレン、あんた『番』を俺に譲る気あるか?」
「ゆ、譲る」
キーレンが絞り出すようにして答えた。
あのキーレンが、ライオンに捕まった小動物のようだった。どうあがいても勝てない。格の違いが周りにいる全員にも伝わる。
「譲るって言われても、いらねぇんだけどさ」
おいおい、言ってる意味がわかんないぞ。
レイターは押さえつけたままキーレンのポケットをまさぐると、レーザーナイフの鞘を抜き取った。
「ま、譲られてやるよ。その代わり、意味のねぇ喧嘩はするな。このナイフは証文の代わりにもらっとく」
「わ、わかった」
「わかりゃいいんだ」
レイターは立ち上がった。
「あと、手下を殴るな」
転がっているキーレンのわき腹を軽く蹴ると、レイターはオレたちを呼びにきた奴をチラリと見た。
キーレンに殴られたら俺に言え、って目で言っていた。
レイターは『番はいらねぇ』って言いながら、完全にキーレンの裏番におさまった。
「さってと、行こうぜロッキー」
「あ、ああ」
オレたちは裏山を後にした。
「すごいな、お前」
「いやいやロッキー、あんたのおかげだ。さっきはありがとな」
レイターが頭を下げたので、オレは驚いた。
「な、なんだよいきなり」
「俺の命、救ってくれたじゃん」
命を救った?
喧嘩の時に「後ろ」って声をかけたことか?
「このナイフ、かなりの上モノだ。やばかったぜ」
鞘にはいったままのレーザーナイフを取り出した。こいつ、ほんとに修羅場をくぐってる。
「なあ、おまえの乗ってた艦って、どこにいたんだ?」
オレの質問にレイターは考えながら答えた。
「う~ん、どこって、ぐるぐる回ってたんだ、前線を」
前線……
オレたちの銀河連邦とアリオロン同盟は戦争中だ。と言っても、学校では『見えない戦争』って習った。
武力衝突が起きるのは、銀河の外の戦闘緊張地帯だけだ。その前線か。
こいつ、さっき、
「苦しんで死ぬのと、苦しまないで死ぬのとどっちがいい?」
ってナイフ突き付けてたよな、人を殺したことがあるんだろうか?
いや、飯炊きのバイトは戦闘にはいかないよな。
*
番長のキーレンが、ちょっとだけおとなしくなった。
レイターがキーレンの裏番についてる、ってことはあの裏山にいた奴らしか知らない。けれど、みんなわかっていた。
暴れたキーレンを止めたいなら、オレじゃなくてレイターに言えばいいってことを。
*
ある日の学校帰り、レイターから聞かれた。
「この辺のゲーセンでさあ、宇宙船レースやるならどこがいい?」
オレも含めて、ハイスクールの男子は繁華街のゲームセンターでたむろしている。
「タウンエイトのパロパロかなぁ。あそこは最新機種の入れ替えが早い。行くなら案内するぜ」
「頼む。もう一つ頼みがある」
「何だい?」
「金、投資してくれ」
「投資?」
「元本はほぼ保障する」
「いくらだよ」
「二百リル」
要するにゲームの元手がないから貸せ、いや、くれってことだ。
「ったく、しょうがないなぁ」
「ヤッター! 感謝するよロッキー、ありがとう」
レイターは、それはそれはうれしそうな顔をして、オレの手を握った。
二百リルでここまで感謝される覚えもないが、こいつにとっては大事なことらしい。
*
そのままレイターとゲーセンのパロパロに寄った。
電子音がうるさい店内で、コインを買う。
レイターがやりたがっている宇宙船レースは、コイン二枚で一回できる。二百リルだ。完走すればコインが二枚出てきて、もう一度ゲームができる仕組み。
けど、簡単には完走できない。
この前来た時と、コースが変わっていた。
どうやら最新ソフトに入れ替えられたようだ。
新しいコースは面白いんだけど、初めのうちは攻略方法がわかんなくて、最初のチェックポイントも時間内にクリアできない。
レイターに気前よく二百リルおごったけど、あいつ、次々とオレにたかる気じゃないだろうな。あいつに脅されたら怖いぞ。
なんせ裏番だ。
「俺、『銀河一の操縦士』になるのが夢なんだ。一号機もらった」
レイターはうれしそうな顔で、操縦席に乗り込んだ。
銀河一の操縦士、って、こいつガキかよ。
オレは隣の二号機の操縦席に座った。
「じゃあロッキー、行くぜ」
「OK」
ほかに誰もいない。オレとレイターの勝負だ。
スタートランプが消えると同時に、オレは船をスタートさせた。
隣のレイターの奴、最初からめちゃくちゃ飛ばしてやがる。あっと言う間に置いて行かれた。
このコース、初めてじゃないのか?
あんなペースで飛ばしたら事故るぞ、って他人のことを気にしてる余裕はオレにはない。オレの腕前はそこそこだ。
早いところチェックポイントを通過しないと、ゲームが終わる。
よし、最初のレース街道を抜けた。
次は小惑星帯だ。げっ、前のバージョンより惑星間が短い。よけらんない。
気がついたら小惑星に激突していた。
あーあ、ゲームオーバーだ。
ま、初めてにしてはよくやった方じゃないの。
レイターはどうしてるだろう。
一号機をモニターに映す。
マジかよ? あいつ、もうとっくに小惑星帯の先の流星群も抜けてる。
その横に、もう一機飛んでいた。そんなバカな。
ゼロ号機だ?!
ソフトに内蔵されてるゼロ号機と競り合ってる。
この目で初めてみた。
トップスピードで飛んでいるとゼロ号機が出てくる、ってことは知ってるし、情報ネットで見たことがあるけど、街のゲーセンで出たなんて話、聞いたことがないぞ。
ゼロ号機が出てきて完走したら、コインが何枚出てくるんだっけ?
しかも、もう最終コースへ入ってる。
す、すげぇ。
ゼロ号機が振り切られそうだ。レイターの奴、めちゃくちゃ上手い。
ゼロ号機に勝つと、すごいことが起こるって伝説がある。
何が起こるかは情報ネットにもあがってない。
もしかしてその瞬間が見られるかも知れない。オレはモニターを凝視した。
こいつ『銀河一の操縦士』とか言ってたけど、とりあえず『銀河一のゲーマー』かよ。
うわっ、横から事故船が突っ込んできた。レイターは、きれいにかわしたけどゼロ号機に抜かれた。
そして、ゼロ号機がゴール、レイターは二着。
伝説の瞬間は見られなかったけど、完走だ。す、すげえ。
操縦席からレイターが降りてきた。
コインがじゃらじゃらと十枚出てきた。
レイターは二枚だけ抜き取った。
「ロッキー、あとはやるよ」
「え? いいのか」
「これで投資回収できただろ」
あ、ああ。そんなことより俺は興奮していた。
「お前。ゼロ号機見たか」
「見た、っつうかバトルしてただろがっ。あんたに元本保証するっつったから、ゼロ号機抜くの止めたんだ」
「へ?」
「最後、事故船が突っ込んできて、ゼロ号機に抜かれただろ」
「ああ」
「あの後、追い越しかけようか悩んだんだ」
「どうして?」
「追い越すと、さらなるアクシデントが襲ってくるから、完走できねぇリスクが高まる。自分の金ならいいが、あんたの金だからな、安全策をとったんだ」
「お前、ゼロ号機、抜いたことあるのか?」
「あるぜ」
「どうなるんだ?」
レイターはニヤリと笑った。
「ヒ・ミ・ツ」
「そんなことを言うと、もう金貸さないぞ」
その一言で、レイターは手のひらを返したようになった。
「悪い、許してくれ。この二枚でゼロ号機抜くから、明日からもよろしく頼む」
そう言ってあいつは、もう一度一号機に乗り込んだ。
すごいな、こいつの操縦は。
ゲーム実況あげたら、とんでもないことになるぞ。
そして、言葉通り、レイターはゼロ号機を押さえて一着でゴールした。
伝説の瞬間だ。
モニターの立体画像が三次元化した。WINNERの文字がカラフルに点滅し、激しい音楽と共にコインが出てきた。
三十枚ある。
でも、それで終わりだった。
「伝説ってこれだけかよ」
オレは肩透かしをくった気分だった。
「そうさ。ゲームメーカーはあおってやがるが、あんまり大したことじゃねぇ。このコインの有効期限が延びるとかなら、もうちょっとマシだがな」
コインには有効期限がついている。十二時間しか使えない。
きょう使い切らなきゃ意味がない。
レイターは二枚抜いた。
「あとはやるよ」
なんだかんだ言って、オレにとってはうれしいコインだ。
だが、レイターにとってはほとんど意味がない訳だ。完走すれば、二枚出てくるのだから、いつまでもゲームが続けられる。
「おまえ、目をつぶってても完走しそうだな」
「今度は完走できるか、わかんねぇよ」
そう言いながら、あいつはまた一号機に乗り込んだ。
どういう意味だろう。
スタートさせた船を見て、その理由がわかった。
最初からエンジン全開だ。めちゃくちゃ飛ばしている。
さっきもびっくりしたけど、その比じゃない。多分、あいつの狙いはラップの更新。
相手はゼロ号機じゃない。自分との戦い。
それにしても、すごい集中力だ。
と、小惑星帯で翼がこすった。
レイターの船がきりもみ状態になる。
あ~あ、あいつでも、あの速度で突っ込んだら事故るんだ。
レイターは体勢を素早く立て直して、コースへ戻った。
オレが驚いたのはあいつの真剣度だ。遅れを取り戻そうと、さらなる加速をかけている。
これゲームだぜ、失敗したらクリアして最初からやり直せばいいのに。
コインはたっぷりある。あのミスじゃラップは更新できない。
なのにあいつ、勝負をあきらめてない。必死になってる。凄い形相だ。
ヒリヒリする緊張感が俺にも伝わる。
これは、遊びじゃない。
訓練、って言葉が頭に浮かんだ。
*
ゲーセンで使う最初の二百リルは、毎回オレが貸した。というか、あいつは倍以上にして返してくるから、まさに投資だ。
「お前、金持って無いの?」
オレは聞いてみた。
将軍家からの小遣いは無いらしい。
「必要なものは買ってくれるんだけどさ」
ゲーセンで遊ぶ金は必要経費とは言えないだろうな。
かと言って、全くの文無しというわけでも無さそうだ。四年間、艦に乗って貯めたバイト代があると言っていた。
「金貯めてんだ。だから無駄には使えねぇ」
「へぇ、貯めて何に使うんだ?」
「宇宙船買うのさ」
「は?」
宇宙船って一隻いくらだよ。小遣い貯めて買えるもんじゃないだろが。
*
オレはサッカー少年だ。
足が速くてガキの頃には、地区大会で選手賞をもらったこともあるのだ。
実は今も、学校の弱小サッカー部のキャプテンを務めてる。
上手い奴は、みんな地域のクラブチームに入っちまうから、うちの学校のサッカー部は、下手だけど好き、って奴が集まった同好会だ。
週に二回集まって練習する。その日はゲーセンに行かない。きょうはその練習日だ。
「お前もサッカーやってみる?」
オレはレイターに声をかけた。
「サッカーか。いいぜ、暇つぶしにもってこいだよな」
「暇つぶしだとぉ、言ってくれるじゃないか」
と文句を付けてみたが、格好悪いことに、その日、部員はレイター入れて十人しか集まらなかった。ゆるゆるなチームなのだ。
「五対五で試合しようぜ」
レイターが提案した。
オレたちはすぐにその案に乗った。
うちのクラブは「楽しくやろうぜ」がモットーだ。オレとレイターは別のチームになった。
そして、驚いた。
レイターの奴、むちゃくちゃ上手い。
ドリブルして走るあいつに、オレが追いつけない。足の速さだけが取り柄のこのオレが……
「ほれ、ゴールだ」
きれいにキーパーの裏をかく。こいつ絶対にサッカー経験者だ。どうしてこれまで内緒にしてたんだ。
「お前、どこでサッカーやってたんだ」
「んぱ」
はぐらかされた。
「おい、ロッキー」
運動場の外からオレを呼ぶ声がした。
身長二メートルのハマナだ。地元のサッカークラブのゴールキーパー。ガキの頃は、オレと同じサッカーチームにいた。
プロを目指しているあいつは『鉄壁』って呼ばれている。
「どうした?」
「彼と対戦させてくれないか」
と、ハマナはレイターを指さした。ハマナがオレに頼みごとをしたことなんてこれまでにない。
ちょっと気分がいい。
「いいぜ」
とオレは了承したが、レイターはぶすっと不機嫌そうな顔をした。
「嫌なのか? 頼むよ。オレの顔を立てると思って」
「俺は背の高い奴が嫌いなんだ。金払う、っつうなら気持ちよくやってやるが」
「もう、ゲーセンで金貸さないぞ」
「やります」
「じゃあ、始めよう」
オレとハマナは同じチームだ。で、レイターが攻めてくるのを防ぐ。
レイターの奴、ニヤリと不敵な笑みを見せた。
ちょっとむかつく。今度こそ止めてやる。
レイターがドリブルをスタートさせた。今度は追いついた。
違う、こいつわざとゆっくりドリブルしてる。
ボールを奪い取ろうとするが、どういうことだろう、まるで触ることができない。足裁きがうますぎる。手品みたいだ。
「ほれほれ」
笑いながら三人がかりのオレたちの防御をかわしやがる。
キーパーのハマナが構える。
レイターがシュートを打った。コースはよくない。ハマナの真正面だ。
ハマナが腰を落としてキャッチ。したと思ったら、えっ、?
ボールが転がった。
ハマナの手をはじいて、ボールはするするとゴールの中に落ちた。
「イェーイ!」
レイターは宙返りをして喜んだ。
オレたちはあっけにとられている。
『鉄壁』のハマナが、あんな真正面のボールをミスするなんて。弘法も筆の誤りって奴だ。
オレはハマナに声をかけた。
「お前でもミスすることあるんだな」
「ミ、ミスじゃない」
ハマナの声が震えている。
ま、自分から勝負を申し出て負ける、ってのは格好悪いが、こういうついて無い時ってあるもんだ。
ハマナはレイターに駆け寄った。
「た、頼む。もう一度、今のシュートを打ってくれ。君のシュート、ボールが回転してなかった。僕の手元で急にぶれたんだ」
「無回転シュートか?」
オレは驚いた。何でそんなの、レイターの奴が打てるんだ?
レイターがにやりと笑った。
「いいけど、高いぜ。一本一万リ……」
オレはレイターの頭をはたいた。
「昼飯にしとけっ!」
「ちっ、いい金儲けができると思ったのに」
こいつは金にがめつい。不良から巻き上げるのは許すが、健全なサッカー少年からぼったくるのは、見過ごせない。
ゴール前のハマナに向けて、レイターがシュートを打つ。
オレの目にもわかった。普通じゃない。あのボールの回転。
ハマナが止めようとする寸前でスピードが変化し、ボールが揺れた。
「うっつ」
ボールがハマナの手をはじいた。
ハマナだって馬鹿じゃない。身体で止めて前に落とそうとしたのに、すり抜けるようにボールは後ろへ転がった。
オレはレイターに、さっきと同じことを聞いた。
「お前さあ、一体どこでサッカーやってたんだよ?」
「あん?」
もう、はぐらかさせない。
「ちゃんと答えろ。転校前の学校でやってたのか?」
「俺、前の学校じゃバスケ部に入ってたんだ」
正直驚いた。
「チビなのに?」
バシッツ
痛ってぇ。
オレの頭を思いっきりはたきやがった。
「あんたは一言、多いんだよ」
レイターはめんどくさそうな顔をして答えた。
「サッカーは、ジュニアハイスクールん頃、研修先の体育の授業でやったんだ」
「授業?」
どんな高度な授業だよ。
「サッカーチーム持ってる王族とかいるだろ」
「ああ、金持ちの王族がオーナーの星系とかあるな」
「政治利用することもあるから、って結構、真剣にやらさせられてさ」
「それと、授業がなんの関係があるんだ? お前、体育の専門学校にでも通ってたのか?」
「そうそう、そんなようなもんだ。主に格闘技だけどな」
「それで、喧嘩が強いのか」
俺は納得した。
「将軍家の坊ちゃんの身代わりさ」
将軍家の身代わり?
こいつの周りには、オレたち一般庶民にはわかんないことが、いろいろとあるんだろう。
体育の専門学校らしきところに通っていた、というレイターは、体育の授業は真面目に受けていた。
持って生まれた抜群の運動神経が鍛え抜かれてる、ってのが素人のオレたちにもわかる。チビだから余計に際立つ。
女子どもはレイターに黄色い声援を送った。気がつくとあいつは学校中の人気者になっていた。
そんなレイターを各運動部が放っておくわけがない。陸上部やバスケ部のキャプテンが次々と入部の勧誘におとずれた。
ハマナは自分のサッカークラブに入らないかと、再三レイターをくどいていた。オレには声をかけたこともないのに。
「俺、練習、嫌いなんだ」
シンプルな理由でレイターは入部の誘いを断っていた。
オレも練習が好きな訳じゃないが、あいつの才能を無駄にしとくのは惜しい気もする。どうせゲームセンターに入り浸って遊んでるんだ。
「お前、どっか運動系のクラブに入ったらどうだ」
「あん?」
「折角、才能があるんだからさ。もったいないじゃん」
「練習やってる時間がもったいねぇよ。プロになるわけでもねぇんだから」
「時間がもったいないって、どうせ、ゲーセンで時間つぶしてるんだろが」
「ノンノン。俺はあそこで、プロになるための練習してるわけさ」
確かに、こいつのゲームへの向き合い方は普通じゃない。
「プロゲーマー目指してんのか」
「銀河一の操縦士だ、っつったろが。そうだ、どうせあんたとつるんでるんだから、あんたのサッカーチームに入るよ」
「え?」
「練習、楽そうじゃん」
まずい、ほかのクラブのキャプテンから恨まれてしまう。
*
レイターは、授業を聞いていないし、宿題もやってこない。
テストの点も合格点ギリギリで、オレとどっこいどっこいだ。
でも、こいつ、オレとは違う。
この間、レイターとハンバーガーショップへ行った時のこと。
オレはとりあえず宿題の数学の問題集にとりかかった。テストの点が悪いから、これを提出しないと進級に関わる。ゲーセンに行ってる場合じゃない。
レイターは宿題を出す気は一切ないらしい。携帯通信機で宇宙船レースの動画を真剣に見ていた。
問題が解けなくて、オレが頭を抱えていたらあいつ、
「ちょっと貸してみ」
と言って、スラスラとタブレットペーパーに回答を書き出した。
驚いた。
「おまえ、ほんとは勉強できるのか?」
「あん? 俺は『銀河一の操縦士』になるんだぜ。ま、算数ぐらいできねぇとな」
と言うと、あいつはまた動画を見始めた。
レイターは、信じられないことにテストの時も寝ていた。俺にはよく理解できない。
「おまえ、どうしてテストの時も寝てるんだ?」
「あん? テストって合格点取りゃいいんだろ。それ以上やるの、無駄じゃん」
無駄? よくわからないが、あいつはあいつなりに考えているようだ。
返ってきたあいつの数学のテストを見たら、合格点が取れる難しい文章題が一問だけ解いてあった。
*
授業中に描いている宇宙船の落書きも、どうやらただの落書きじゃないらしい。
あれは、物理の授業中だった。
レイターが落書きに夢中になっているところを、教師に見つかっちまった。 この教師、神経質で生徒の非を理詰めでねちねち攻めてくるから、みんなから嫌われていた。
「レイター・フェニックス。君は何をしているのかね?」
「力学の勉強です」
あいつは、いけしゃあしゃあと答えた。
「じゃあ、これは何かね?」
教師はレイターの落書きを、正面のスクリーンに大写しにした。二隻の宇宙船が並べて描いてあった。
クラス中が小さな声で笑った。レイターがいつも宇宙船の落書きをしていることはみんな知っている。
「私には、宇宙船にしか見えないが」
「そうです。レース用S1機です」
開き直ってるよ。オレたちは笑いをこらえるのに必死だ。
レイターだけが、真面目な顔をして教師に聞いた。
「先生に質問です。右の船と左の船。どちらの旋回性が高いと思いますか?」
「君はふざけているのかね」
「ふざけてるわけじゃありません。左の翼は、カロック原理の係数を二次元に置き換えて曲線を描いてみました」
レイターはなにやら変な式をモニター上に書き始めた。
「ところが、計算式にあてはめても旋回性が上がらないんです。その理由がわかりません」
レイターが何言ってるのかさっぱりわかんなかったが、教師は宇宙船を見つめて急に黙り込んだ。
「君は将来、宇宙船の設計技師になるつもりかね」
「いいえ」
「まあいい。この問題は宙航力学だけで解けるものではない。あとで教科の部屋に来なさい」
「いやです。今、ここで教えていただけませんか。わからないなら、それはそれで結構です」
教師の細い目が見開き、眉が怒りで震えている。
丁寧な言い方だったけど、今のはどう聞いても「あんた物理の教師のくせにわかんねぇのか」ってバカにしてる様に聞こえた。慇懃無礼というやつだ。
教室中が緊張した。
その時、授業終了のチャイムが鳴った。
「勝手にしたまえ。きょうの授業はこれで終わりだ」
それだけ言うと、教師は部屋を出ていった。
この一件以来、物理の授業中にレイターが何をしていても、教師は文句を言わなくなった。ただし、レイターは物理でどんなにいい点を取っても、追試を受けさせられた。
*
レイターの奴は、どうやら本気で『銀河一の操縦士』を目指しているらしい。
サッカーの練習が無い日は、二人でゲーセンへ行く。
あいつは、片っ端から宇宙船のレーシングゲームを制覇していく。
それにしても、器用な奴だ。
レイターは、レーシングゲームに限らず、どんなゲームをやらせてもうまい。音ゲーもシューティングゲームも、パーフェクトだ。
その腕を使ってあいつは、オレの二百リルを元手に夕飯代やら夜の遊ぶ金を生み出していた。
ほんとは禁止されてるけれど、ゲームで獲得したコインをほかの奴に安く売るんだ。
闇両替だ。
店側にばれるとやばい、っつってあいつはちょくちょくゲーセンの場所を移して出没した。
手慣れている。
それだけじゃなかった。
「どのゲームでもいいぜ、一万リルで勝負しようぜ」
あいつはスクールギャングたちを相手に、金を賭けてゲームをした。賭け金は、オレの金だ。
*
その日の相手は、隣町のハイスクールの制服を着ていた。「不良」ってレッテルを張って間違いがないスクールギャングだ。
そいつらはバトルロイヤルゲームをやろう、って言いだした。相手は三人参加すると言う。それはインチキだろ。三対一かよ。
「いいぜ、生き残った奴が、総取りで三万リルもらえるってことで」
レイターは問題ない、って顔でオレの一万リルをだした。お前に問題なくてもオレにはあるぞ。
それにしても、レイターの空間認識能力ってどうなってるんだろう。
飛んだり跳ねたり走ったりしながらのシューティング。どうして敵に当たるんだ?
相手の連携を、みるみる崩していく。
戦い慣れている、っていうか、こいつ、本物の戦場にいたんだよな。
金がかかった時のレイターのプレイは、凄みを増す。
ゲーム開始五分で、三万リルが手に入った。
*
「女の子誘って、この金で飯食おうぜ」
レイターは女共と遊ぶのが好きだ。
「いいぜ」
街で見知らぬ女子に声をかけ、その場で食事に誘う。つまりナンパだ。
レイターが誘って、失敗したところは見たことがない。
背が低くて、幼く見えるから、女どもが警戒しない。
こいつ、オレと違って門限がないから、しょっちゅう朝帰りしている。「一緒にご飯食べないかい? おごるよ」
レイターが屈託のない笑顔で、女子二人組に声をかけた。かわいい部類だ。大人っぽい格好をしているが、おそらく俺たちと同じハイスクールの学生だろう。
「いいわよ」
四人で繁華街を歩き、食事の店を探す。
レイターの金銭感覚はちょっと変わっている。
金を貯めている、って言うだけあってがめついが、稼いだ金を使う時には躊躇しない。
オレにも気前よくおごってくれる。
その時、
「おい、ちょっと、顔貸してくれねぇか」
がたいのでかい、見るからに筋の悪そうな成人男性に声をかけられた。
マフィアの構成員だ。
その後ろに、さっき、ゲーセンでレイターに負けた隣町の不良どもの姿があった。
レイターは女子との楽しい時間を邪魔されて、明らかに不機嫌だという顔で言った。
「確かにあんたの顔、俺の顔がはずせるなら貸してやりたいところだ」
「ば、ばか」
オレは思わず固まった。
何、訳のわかんないこと言ってるんだよ。相手がやばい奴だってわかんないのか。
マフィアが目をむいて怒っている。
「先輩、こいつがシマを荒らしてるんです」
不良どもがマフィアに声をかけた。この怖い兄さんはスクールギャングのOBってところだな。
あいつら、さっき負けたことを根に持ってやがる。
「ったく、イカサマやった訳でもねぇのに、ゴタゴタ言うなよ」
レイターは平然としているが、オレの心臓はドキンドキンと大きな音をたてた。
女共も怯えている。
「レディーがびっくりしてるじゃん。ロッキー、あんたは二人を送ってやってくれよ」
そうだよな、女共二人は関係ない。だけど、
「お、お前どうするんだよ?」
オレは聞いた。
「ちょっと顔貸してくるさ。あいつの顔じゃ、利子付けて返してもらってもいらねぇけどな」
こいつ度胸があるっていうより、本当にバカなんじゃないだろうか。
喧嘩が強いといっても相手が悪すぎる。
「貴様、ぶっ殺してやる!」
マフィアの怒りはさらに激しくなった。
*
オレは、足早に女共とその場を離れた。
レイターが言うとおり、この二人を送らなくちゃと思いながら、巻き込まれなくてほっとしている自分がそこにいた。
心がざらっとする。
「あの子どうなっちゃうの?」
女が心配している。
オレが聞きたい。あいつどうなっちゃうんだろ。
あいつの金で飯を食おうとしていたオレも同罪なのに。
何であいつを置いて来ちゃったんだろ。女共を送るってことにかこつけてオレだけ逃げてきたんだ。
オレって卑怯だ。
「やっぱりオレ、様子見てくる」
オレは女どもの元を離れた。
いざとなったら走って逃げればいい。オレは足は速いんだ。
自分に言い聞かせながら、元来た道を戻った。
もしかしたらレイターが、血まみれで倒れているかもしれない。
さっきまでいた通りに着いた。
レイターとあのマフィアの姿はない。
スクールギャングの奴らは残っていた。ちょっと怖いが、そんなこと言ってられない。
「おい、オレの連れ、どうした?」
「あいつは、白豹会の事務所に行った」
白豹会、この辺りを牛耳っているマフィアだ。オレは頭が真っ白になった。
どうしよう。
マフィアに連れていかれたのか? 殺されちゃうんじゃないのか?
誰に相談すればいいんだ。警察か?
オレがあわてていると、不良どもが、こわごわ聞いてきた。
「あいつ、一体何者なんだ?」
「何者?」
「先輩を一撃で、のしたんだ」
「え?」
レイターの奴、あのマフィアをやっつけちまったのか。
すごいけどそれって、余計にやばい話じゃないのか。
こいつらによると、レイターは先輩ってマフィアを一発で倒すと、気を失ってるそいつを白豹会の事務所まで運ばせて、そのまま事務所に入っていったという。
おいおい、それじゃあ殴り込みだよ。
怖いが、ここまで来たら乗りかかった船だ。
「なあ、白豹会の事務所まで案内してくれ」
いざとなったら警察に通報しよう。
オレは通信機を握りしめた。
*
マフィアの事務所は一本路地を奥に入ったところにあった。
恐る恐る近づく。と、
「じゃあな」
手を振りながらレイターが出てきた。
「レ、レイター。大丈夫か?」
オレは駆け寄った。
「あん? ロッキーどうしたんだよ。ちゃんとレディーを送っていったのか?」
女共なんてどうでもいい。
「お、お前無事だったか」
「ああ、別に。けがした兄さん届けて、ちょっと挨拶してきただけだ」
いつものレイターだった。怪我したようすはない。
「挨拶?」
「ゲーセンの中で闇両替や賭事やってんだから、白豹会に仁義切らなくちゃ、と思ってたところさ。ちょうど会長のアドナス親父がいたから、話付けてきた」
「会長ってマフィアのか?」
「ああ。上納金払えってうるせぇから、ゲーセンの脱税を通報するぞ、って言ったら、お互い仲良くやろうって話になってさ」
マフィアと交渉してきた、ってことか。交渉というより脅しだ。
オレは驚いて言った。
「お前って、本物のマフィアみたいだな」
「えっ」
オレの言葉にあいつがギクッと動揺したのがわかった。
「どうかしたのか?」
「な、何でもねぇ」
珍しく青い顔をしている。自分がやったことの大きさにようやく気づいたんだろうか。
オレは謝った。
「レイター、ごめん」
「あん?」
「お前残して逃げたりして」
「逃げた? レディーを送ってくれたんだろ」
「いや、オレは逃げたんだ」
レイターは怪訝そうな顔でオレを見た。
「じゃあ、何でここにいんの?」
「そりゃあ、心配で戻ってきたんだ」
「逃げてねぇじゃん」
「いや、そうじゃなくて」
「わっかんねぇなあ」
レイターは首を傾げて不思議そうな顔をしている。
オレはどうしてわかんないのかがわかんない。説明するのが面倒くさくなってきた。
こいつ敏感なのか鈍感なのか、度胸がいいのか単なるバカなのか、まったく訳がわかんない。
だけど、何でだろう、こいつと一緒にいると楽しい。
退屈しない、ってこともあるが、それだけじゃない。
多分、こういうのを気が合う、って言うんだろうな。
何となく、長いつきあいになりそうな予感がした。 (おしまい) <ハイスクール編> 第二話「花咲く理論武装」へ続く