銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(28)量産型ひまわりの七日間
天才も大変だということを俺は初めて知った。あいつはすべての物事を記憶する。それは便利なだけじゃないらしい。
「感情の振れ幅が閾値を超えると、その記憶が何度も目の前に再現されることがあるんだ」
銃でおっさんを撃ったシーンが、壊れた再生機のように何度も目の前で繰り返されてたっていう。恐ろしくリアルで、血の一粒一粒の飛び散る先まで見えるデータ量の詰まった映像が。
その間も日常生活を送るための脳は別に活動していて、一見何の問題もないるように他人には見える。
「前にもあったのか?」
「ここまで制御ができなくなったのは、母上が亡くなった時以来だ」
「いくつん時だよ?」
「二歳だ」
「覚えてんのか?」
「ああ、母が息を引き取る場面が何度となく目の前にあらわれた」
「そりゃ、辛れぇな」
医者のジェームズが見立てを口にした。
「急性ストレス反応の一種だろう」
アーサーがうなずいた。
「そう認識している。普段は聴力でリアルの時間を確認できるが、今回は耳が詰まったようになって制御ができなかった」
「一般人の突発性難聴のようなものだろうね」
「今回はレイターに助けられたな」
別に俺はアーサーを助けたわけじゃねぇ。が、そう思ってくれるなら否定はしねぇ。利用するだけだ。
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耳が遠くなる感覚。あれが僕の記憶のバグの兆候だった。
グリロット中尉の命を奪ったこと。そのせいで、ひまわり内のデータが消去されたこと。事故とはいえ大失態だ。
中継地点では人権委員会による事情聴取が行われる。僕は証人だ。逃げる場所もないのに逃げ出したい。それが本音なのだ。
心理的負荷によるストレス反応か。
天才軍師だなんだと持ち上げられているが、ついさっきまで、人を殺すことができるか悩んでいたような人間なのだ。何でもわかっているような顔をして、人の命がこんなに簡単に消えることも知らなかった。
将軍家の人間だというのに情けない。
ジェームズが医務室に戻った後、レイターが僕に近づいてきた。
「あんたに見せたいものがあるんだよ」
「後にしてくれないか」
疲れがピークだった。着陸までの二時間だけでも横になって休息を取りたい。
「短いから、今見たほうがいいぜ」
押し付けるようにレイターが腕の通信機を操作した。誰のせいでこんなことになっているかわかっているのか。無視しようとした僕の目にあざやかな色彩が飛び込んできた。
わずか五秒。その映像に僕は飛びついた。
ひまわりに乗り込むところから始まっていた。格納庫のあの混乱の中でこいつ撮影していたのか。お宅の執念、極まれりだ。
コクピットの3Dモニターがカラフルに輝く。「すげぇ」というレイターの感嘆の声。そして、「レイター、これでデータを取れ!」と僕が通信機を投げ入れたところでひまわりは機能を停止した。
グリロット中尉の生体認証が解除されてから死亡するまでの五秒間。僕が見ることのなかったコクピットの動きが記録されていた。
レイターが動画を止めて指をさした。
「前に姿勢制御装置の位置が変だ、っつったろ。ここに小さなモニターが組み込まれてんだ。何でこんなのが付いてんのかわかんねぇけど、これ、鮫ノ口の中の座標点だぜ。三十か所ある」
僕は息をのみながらその画面をのぞき込んだ。つぶれかかった小さな数字が読める。
「一緒に来い」
僕はレイターの腕を引っ張りながら艦長室へと走った。
(29)へ続く