銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(26)量産型ひまわりの七日間
棺に入れられたグリロット中尉は眠っているようだった。格納庫脇の断熱されていない空間に天然の冷凍保管庫がある。その一角が霊安所となっていた。この艦には全員分の棺が用意されている。出航以来、最初の利用者が敵兵というのは、我が軍にとって悪いことではないはずだ。
グリロット中尉の冷凍された遺体はこのまま人権委員会に引き渡され、家族のもとへと帰る。
彼は娘のことを「宇宙一可愛いです」と目を細めていた。僕と同じ年の彼女はどうなるのだろう。アリオロンでは子どもの幸せは最大限に尊重されると熱弁していたから、国家から何らかの支援はあるのだろう。
会ったことのないグリロット中尉の娘と遺族の少年の姿がかぶった。その上に、ハヤタマ殿下のイメージが加わる。反粒子爆弾による攻撃で、家族を奪われた殿下の怒りと痛みと悲しみが真っ直ぐに自分に襲い掛かってくる。
戦争は子どもたちの幸せを奪う。事故であろうとなかろうと、僕が彼女の父親を手にかけた事実は変わらない。グリロット中尉の娘は僕を憎むのだろう。
「連邦の世襲制という自由を奪う制度があなたを不幸にしている」
時折、彼は父親目線で僕に話しかけた。僕は「不幸と感じていない」と答えたが、それは本心だろうか。連邦軍という巨大な重圧をかなぐり捨てて、静かに宇宙生成の歴史を研究出来たらどれだけ幸せだろう。他人の命を奪うこともなく、こんな思いもしなくて済むのだ。
音楽が好きだと話したグリロット中尉。彼が音楽を聴くことはもう絶対にない。僕が殺したのだ。
生命は不可逆だ。死んだ者は絶対に生き返らない。絶対に。
*
僕は目にしたもの全てを記憶する。
格納庫に全力で走っていくと、レイターを担いだグリロット中尉がひまわりに近づくのが見えた。
止めなくては。銃を抜き、スコープでとらえる。
引き金を引く。グリロット中尉の生体認証がかかるギリギリのラインだ。
僕が撃った白いレーザー弾が中尉の右ふくらはぎに命中した。
レイターの重みでバランスを崩す。その際、中尉は受け身を取ればよかったのだ。
だが、彼はレイターが頭から落下するのをかばい、身体を捻った。
グリロット中尉の身体が不自然に傾いていく。床に高重力ビスが光っていた。そこに倒れた彼の後頭部が突っ込む。血しぶきの一粒ずつまで鮮明に再現される。
レイターはグリロット中尉の身体をクッションにして転がった。
「ひまわりが動く!」
甲高い声で僕の視点はレイターに映るが、その背後のグリロット中尉の様子も記憶している。床に血が流れ出て、中尉の身体から力が一気に抜けていく。
リアルの時には素通りしていた景色も、僕の脳には消せないように刻み込まれている。
グリロット中尉が目を見開いてひまわりを見つめる。その瞳が僕をにらみつける。彼が死亡すると同時に、ひまわりはすべての機能を停止した。
記憶をもとに報告書を作成する。データの入力画面と脳内の過去映像が重なって自分の時間軸が不安定になる。わかっている。こういう時は、現実の音を頼りに意識を保てばいい。なのに、その音が聞こえてこない。
格納庫に全力で走っていくと、レイターを担いだグリロット中尉がひまわりに近づくのが見えた。止めなくては。
「報告書が完成しました」
作戦会議室で説明する自分の声が聞こえる。アレック艦長はじめ幹部が勢ぞろいする中で提出の了承を得た。
「トライムス少尉、部屋でゆっくり休め」
「はい」
僕はアレック艦長と会話をしているようだ。
「中継地点宙域の管制下に入ります。あと二時間で本艦は着陸します」
廊下に艦内アナウンスが微かに響いている。
中継地点で待っていたのは、こんな世界ではなかったはずだ。グリロット中尉が家族と早く再会できるシナリオを僕は描いていたのだ。どこで間違った?
格納庫に全力で走っていくと、レイターを担いだグリロット中尉がひまわりに近づくのが見えた。止めなくては。