銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(18)量産型ひまわりの七日間
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毛布にくるまったまま、レイターが僕を上目遣いに見つめた。眼から怯えの色は消失していない。だが身体の震えは止まったようだ。
「ほんとに策はあるのかよ?」
「人の命を奪わずに済むよう作戦を練るのも軍師の仕事だ」
「あんたの仕事は、敵を皆殺しにすることだろが」
その発言は僕を苛立たせた。
「人権委員会でジェノサイドは認められていない。お前、軍隊を何だと思っているんだ?」
「人殺しが許されてる集団じゃん。たくさん殺したほうが勝ちだろ。ハミルトンはそれで軍に表彰されてるし、英雄ってそういう奴のことだろが」
「連邦軍は人を殺すためにあるわけではない。守るためだ」
「あんたお得意の冗談かよ」
「冗談ではない」
レイターは肩をすくめた。
「ダグは敵とみなせば、とことん潰してたぜ。ガキだって容赦はしねぇ。徹底的に復讐の芽は詰んどけって。寝首かかれたら終わりだからな。ダグは情けをかけた実の兄貴に裏切られて、嫁と息子を殺されたんだ」
「その経験が敵を殲滅させる信条を生んだということか」
「信条っつうか、人の命を左右できる力を持つ奴がダグみたいに頂点に立つ。あんたも同じじゃん」
僕はダグ・グレゴリーとは違う。だが、強い生殺与奪の権を持っていることは事実だ。
僕は直接人を殺したことはない。だが、僕の力が人を殺したことはある。
*
次期将軍の僕は子どもの頃から、父とともに軍の参謀会議に出席することが許されていた。
九歳の頃、各宙域で海戦が勃発した。その頃には僕は天才軍師と呼ばれていた。
「父上、この作戦の成功率を上げるためには、前線部隊の軍艦の位置をもう少し敵と接近させる必要があります」
「検討はしたが、人的被害のリスクが高い」
父上の見通しは甘い。ここは作戦の成功率は高めておく必要がある。
「作戦が成功しなかった場合の被害の方が甚大です。この補給基地をここで落とさなければ戦闘は長引き、戦死者数は二割以上増大します」
再検討の結果、僕の意見が採用された。作戦は成功し、敵は補給基地から撤退。大きな成果だった。
前線に移動させた軍艦が沈み、逃げ遅れた三人の兵士が死亡した。被害は想定より少なく父への進言は間違っていなかったと安堵した。
しばらくして、戦没者遺族が父に謁見する機会が設けられた。
「アーサー、お前は何も話さなくていい。正装で私の後ろに立っていなさい」
「はい」
軍の司令本部にご遺族が訪れた。経験したことのない緊張で背中がこわばる。
父は一人一人の手を取り、目を見てねぎらいの言葉をかけて歩いた。息子を亡くした母。婚約者を失くした男性。そして、夫を亡くした妻と息子。少年は僕と同じ年ぐらいだった。
「お父さんは立派だった」
と父上が声をかけると、少年は下を向いた。
「立派じゃなくてもいいです、お父さんに会いたいです」
小さなかすれた声がはっきりと僕の耳に聞こえた。涙が床にぽとぽとと落ちた。
「申し訳ございません」
息子を抱えるようにして、母親が頭を下げた。
「貴方が謝ることは何もない。謝るのは私の方だ。辛い思いをさせて本当にすまない」
父は膝をついて謝罪した。
あの作戦を立てたのは僕だ。父上は人的被害のリスクが高いと躊躇したが、僕は作戦の成功率を上げるためには仕方がないと割り切った。僕は間違ってはいない。あの作戦が成功しなければもっと大きな被害が出た。
間違ってはいない。だが、それは正解だったのだろうか。
目の前で泣いている少年には、失敗した作戦にしか見えないだろう。
もう少年は、二度と父親と会うことはできないのだ。絶対に。それは僕が母と二度と会えないことと同じだ。
犠牲者が三人と聞いて僕は喜んだ。もっと多くの兵が亡くなることを想定していたからだ。机上の作戦で僕が見ていたのは数字だけだった。
少年の父親を殺したのは僕だ。気が付くと父の後ろでひざまずいていた。
「アーサー、彼の手を取りなさい」
父の声が聞こえ、少年の手を僕の手で包んだ。僕より小さな冷たく震える手。悲しみと、寂しさと、理不尽さに対する怒りを懸命にこらえている。
母の美しい死に顔が目の前に広がり、記憶がループ暴走しそうになる。
「申し訳ありませんでした」
僕の頬を熱いものが伝った。それが涙だと気づいたのは彼らが立ち去った後だった。
(19)へ続く