銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(3) 量産型ひまわりの七日間
「観艦式を邪魔する意図はありませんでしたので」
淡々と答えるグリロット中尉に動揺した様子は見られない。僕の指摘にも答えは用意していたのだろう。彼は元々アリオロン軍の研究所に所属していた研究員だ。知的な人物とお見受けする。
「観艦式の映像はタロガロ基地でも確認できたはずです。それでは情報不足でしたか?」
「黙秘します」
「わざわざ領空侵犯した理由を教えて下さい。偵察の目的は何ですか?」
「黙秘します」
「あなたは連邦サイドの到着時間を計測していたのではないですか?」
「黙秘します」
何を聞いても同じ答え。壁打ち状態だ。「黙秘」という万能な盾に囲まれた砦は羨ましい。自分も使ってみたいものだ。
砦を攻略するする作戦として、手慣れた尋問官ならここで雑談を挟むのだろう。相手から「黙秘」以外の言葉を引き出し、信頼関係を築く。そして隙を狙う。レイターの顔が浮かんだ。あいつなら何を聞く。アリオロン人の女性の好みだったか。
心の中で首を横に振る。僕はあいつではない。無駄な弾は撃たない。言葉のラリーではなく速球で打ち取る。
グリロット中尉を正面から見つめ、声を張って伝える。
「貴殿が搭乗していたV五型機は同盟に返還いたしません。連邦軍にて引き取らせていただきます」
引っかかった。彼の瞳に動きが出た。無表情を装っているが瞬きの回数が増えている。
「機体は無事なのでしょうか?」
グリロット中尉が黙秘の砦から外へ出てきた。一瞬「黙秘します」とふざけて答えたい気持ちに襲われる。が、節度を持って対応する。
「お答えできません」
ようやく僕がアドバンテージを取った。次は彼がカードを切る番だ。
「機体の返還を要求いたします」
「お受けできません」
「では人権委員会に訴えます」
互いに一枚ずつ繰り出し相手の腹を探る。
「どうぞご主張ください。領空侵犯の証拠品ですから、軍の捜査が済むまでは返還されないという判断が妥当と考えますが」
「……」
沈黙が続く。
彼は動揺している。落ち着きを取り戻す前にもう一枚叩き込むか、待つか。ここは待つターンだ。沈黙は圧力になる。
グリロット中尉がゆっくりと口を開いた。
「私が人権委員会に引き渡される中継地点には、いつ到着しますか?」
回答すべきか一瞬躊躇する。「お答えできません」と拒否することもできる。だが、僕はあえてカードを差し出し、反応を見た。
「一週間後です」
「わかりました」
彼の瞳が動く。あきらめではない。対応を思案している。
グリロット中尉は、自分が捕虜になったことよりひまわりが返還されないことに動揺していた。そして、機体の状況を知りたがっている。ひまわりを連邦に渡したくないという意思が見てとれた。
中尉の反応は自分の仮説を裏付けるものだった。ひまわりには情報が隠されている。鮫ノ口暗黒星雲に関わる何か。おそらくは銀河を崩壊させる亜空間破壊兵器の開発に携わる何かだ。これは、アリオロン軍がどこまで研究を進めているのかを知る大きな手掛かりになる。
グリロット中尉にひまわりのエネルギーロックを解除させたら彼はどうするだろうか? 爆破命令を出すだろうか? いや、そんな自殺行為より可能性が高いのはデータ消去のコマンドだ。一度消去されたら簡単には復元できなくなる。彼を機体に近づけるわけにはいかない。
身柄引き渡しまでの一週間で、ひまわりにどんなデータが積まれているのかグリロット中尉から聞き出さなくては。
手のひらにじわりと汗がにじむ。コミュニケーションが苦手だなどと言っている暇はない。
(4)へ続く