銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第七話 彼氏とわたしと非日常(11)
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週末、チャムールが会社帰りにわたしの家へやって来た。
「突然押しかけてごめんね」
「問題ないわよ。レイターがいれば、おいしい夕飯をごちそうできたんだけど、このところ、フェニックス号からでてこないのよね」
近くの人気店で買ったサンドイッチのセットを二人でつまむ。
「レイターは大丈夫?」
チャムールがわたしの瞳をのぞき込んだ。予感はしていた。チャムールが家に来るのは軍に関する秘密の話がしたい時だ。
「大丈夫、じゃないと思う」
「やっばりそうなのね。将軍が心配しているわ」
「将軍が? アーサーさんじゃなくて」
将軍はレイターの後見人で親代わりだから、心配しても不思議ではないけれど。
「アーサーは体調を崩して、月の御屋敷でメンタルケアのプログラムを受けているの」
「え?」
パンを持った手が止まる。チャムールの表情が不安をかき立てる。
「最近は落ち着いて、簡単な仕事に復帰したんだけれど、帰ってきてすぐは本当に苦しそうだった。将軍がレイターにも同じプログラムの受診を命令したそうだけど、無視しているんですって」
だるそうにソファーに寝転ぶレイターの姿が浮かんだ。
「一体、何があったの? レイターはわたしには何も話してくれないのよ」
「今回の戦闘で、二人が子どもの頃から親しかった方が亡くなったそうなの」
お腹の底からため息がでた。彼の具合が悪い理由がわかった安堵と、そんな大事な話をわたしにしてくれない苛立ちが入り混じる。
「そうだったんだ。それは、悲しいわね」
「ティリーも会ったことがある人よ」
「会ったことがある?」
「航空祭の時に乗った、空母フォレスト号の艦長モリノさん」
思い出した。チャムに誘われて出かけた航空祭。きりっとした軍人らしい軍人さんで、第一印象は怖そうだった。けれど、「きょうは、楽しんでいって下さい。あいつも久しぶりに暴れて浮かれているでしょうから」とレイターの話をする時に見せた優しい笑顔は、手のかかる子どもを見守る保護者の様だった。
知っている人が戦死したという経験は初めてだ。ほんの一瞬あいさつをしただけのつきあいだけれど、苦い気持ちが胸中に広がり心臓がつかまれたような気がした。病気や事故で亡くなるのももちろん悲しい。けれど、他人に命を奪われたという事実が暴力的に襲い掛かってくる。心が削り取られるようなストレス。
ましてや子どもの頃からのつきあいだったら……
「今回はエネルギー資源惑星の防衛戦だったんですって。敵の侵攻は食い止めて、任務は成功したんだけれど、あのフォレスト号は現地基地の盾となって撃沈したそうよ。アーサーは自分が立てた作戦だったから、責任を感じていて、現場で実際動いたのはレイターだから、さらにきついはずだって……」
宇宙船お宅のレイターがS1レースを観られなくなるほどの。
チャムールはアーサーさんと辛さを共有されている。羨ましさと妬ましさが混じり合わさる。
「どうしてそういうことを、レイターは話してくれないんだろ。信用がないのかな」
チャムールが声を落とした。
「今回の作戦で、敵機の撃墜数はレイターが圧倒的だったそうよ」
レイターが無事に帰ってきて安心していた。その裏で、忘れていた。彼が戦闘機に乗って人を殺しに出かけたという事実を。戦争で戦闘機乗りが敵を撃墜するのは仕事だ。褒められることなのだ。
でも、本当にレイターは悪くないの?
人の命を奪うことが褒められることなの?
わたしが疑問を抱いていることを彼は知っている。
「わたしには、話しづらいってことね」
いつもはお気に入りのサンドイッチが、まるで味がしない。
(12)へ続く