【Business as Art】
ありがたい事にNewaPicksのアート思考に関するインタビュー記事で500picks近く頂きました。また、ベネッセが運営するオンランセミナーUdemyの「創造性をビジネスに活かせる!アート思考×デザイン思考実践セミナー」講座の受講者は1000人を超えました。
最近、大手企業がアート思考を取り入れ始めています
●カルチャーコンビニエンスと「美術手帖」がアート思考× DBマーケティングのコンサルティング・サービス「PADDLING(パドリング)」を発表
●デロイト トーマツ コンサルティングは企業の組織変革をアートで加速するプログラムを開発
●NTTデータが「アートシンキングWS」を導入
日経新聞でも「デザイン思考とアート思考」をテーマに10回に渡り特集が取り上げられたりコロナ禍で「先が見えない」「正解が見えない」社会が一気に加速した事でビジネスシーンにおいてもアート思考に対する注目度が高まっています。
一方で、アートとビジネスについて、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス』の著者山口周氏が、アート思考の違和感について語っています。
「アートとビジネスの近接」は多くの場合、「ビジネス文脈にアートを取り込む=Art in Business Context」か、またはその逆に「アート文脈にビジネスを取り込む=Business in Art Context」という議論がほとんどで、「ビジネスとアートをまったく別のモノとして捉えている」という点で共通しているのです。
いま私たちに求められているのは、ビジネスそのものをアートプロジェクトとして捉えるという考え方、つまり「Business as Art」という考え方だと思います。 ビジネスが「社会における問題の発見と解決」にあるのだとすれば、本質的にこれはアーティストが行っていることと同じことなのです。 https://president.jp/articles/-/41779 より引用
アートに正解がない様に、アート思考については、正解や定義や理論があるわけではないので、これはアート思考で、これはアート思考ではないと言う議論は避けたいのですが、書籍やセミナーなどからアート思考には大きく分けて2つの傾向があるように思えます。
山口氏は「ビジネス文脈にアートを取り込む=Art in Business Context」、または「アート文脈にビジネスを取り込む=Business in Art Context」かではなく「Business as Art」であると言っています。つまり、アートが外にあるか中にあるか、<内発的アート思考>と<外在的アート思考>の2つの傾向であると言えます。
アート思考の2つの側面
◯内発的アート思考・・・アーティストマインドな創造性
創造性を最大限に活用し内発的な「問い」から全く新しいモノを創造するアーティスティックなイノベーター自身のマインドセット。
◯外在的アート思考・・・アートを刺激に組織を活性化
社会貢献やブランディング的な側面としての広報活動または、FacebookやGoogleの様に組織にアートを取り込みイノベーター人才の発掘や育成をする組織カルチャー。心理的安全性が保たれ、多様性とエンゲージメントを重視した、持続可能な組織を作るワークショップに導入する。
内発的アート思考:私たちはアーティストなのか?
内発的アート思考は山口氏の言う「Business as Art」の解釈だと思います。基本的に全ての人はアーティストであるという前提です。『子供は誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。』とピカソは言っています。全ての人はアーティストである前提、またはアーティストであったという考えを元にするもので、私のセミナーも内発的アート思考を基礎にしています。自らアーティストとして作品を生み出すように新しいビジネスを生み出したり、イノベーションを起こすことで社会をより良くしようとする行為そのものがアート思考であるという考え方です。
芸術家と社会の関わり
ドイツの現代美術家ヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」という概念でも『すべての人間は芸術家である』と提唱されています。そこでは人間の意識的な活動は全て、芸術活動であると説明しています。芸術作品は見て楽しむ、聴いて楽しむものだけでなく政治、環境、社会、経済に対して影響を与えるものであり、芸術作品を作ることが主たる目的ではなく、そのことによって社会を変えていくこと、だとしています。エンジニアも、学校の先生も肉屋も銀行員も社会に対し変革を起こす存在であるということです。
芸術と社会の関わりについて、ある日ピカソのアトリエにゲシュタポがやって来ました。ドイツ軍の都市無差別爆撃を題材にした作品「ゲルニカ」についてゲシュタポが「これはあなたの仕事か?」という問いにピカソは「いえ、これは君たちの仕事だ」と答えたそうです。
「芸術はなんだと思う?目で見るだけの画家や、耳で聴くだけの音楽家がいるとしたら愚かだ。芸術家はこの世の悲劇や喜びに敏感な政治家であるべきだ。無関心は許されない」
(映画:「ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」より)
この様に芸術は人の営み、つまり、個人の幸福や苦悩などの社会課題を絵画や音楽の表現など自分のスキルを掛け合わせて作品を生み出し、これを世に問う事で社会に大きな影響を及ぼしているものなのです。
ベルリンの壁とデビッド・ボウイ
絵画や現代アートだけでなくポップミュージックの世界のわかりやすい例を紹介しましょう。UKのロックスター、デビッド・ボウイが2016年1月に亡くなった時、ドイツの外務省は、「壁の崩壊に力を貸してくれてありがとう」という内容で異例の追悼ツイートをしました。
1987年6月ベルリンでのコンサートで会場に設置されたスピーカーの4本のうち1本は東ベルリンに向けられ、ボウイはこんな歌詞の歌を歌いました。
あの壁の傍らに立って
頭上でいくつもの銃声が轟くなか
僕らはキスを交わした 何事もないかのように
恥じるべきなのはやつらの方だった
僕らは打ち倒せる、いつまでも永遠に
そうすれば僕らは英雄になるだろう、たった一日だけなら
デビッド・ボウイ「ヒーローズ」より
このメッセージは壁の向こう側にも届き、人々の心を動かします。
このコンサートの2年後1989年11月に、1961年に東ドイツにより東西ベルリンの境界線上に築かれたベルリンの壁は崩壊しました。音楽が大きく社会を動かした例といえます。
チンパンジーと人の違い
全く別の視点、生物学的視点でアートと社会について考えてみましょう。およそ500万年前、人間はチンパンジーの仲間から進化したと言われています。進化生物学者のジャレド・ダイアモンドはチンパンジーと人間の遺伝子は「98.4%」が同じなのに、なぜここまで大きな違いを産み出したか?これについて、たった2%の違いの一つが芸術だと言います。
「芸術は最も高貴で、人間のユニークな特徴だと考えられている。言葉と同じ様に、なにはともあれ、これで人間と動物の間には一線が引かれる」 「[若い読者のための第三のチンパンジー]P151より引用
この2%が人間の芸術的センスであり、人間とチンパンジーを分つトランスフォーメーションだとしたら人間が生み出した社会そのものがアートであるということもできます。 人間が文明を生み出し現代社会に至る推進力となったのは言葉と芸術的なセンスであるということです。私たち人間とチンパンジーと遺伝的な溝はありますが、ピカソやボイス、ボウイの様な芸術家と、自分が凡人と思い込んでいるあなたはつながっています。アートは人類が始まった頃から持っている人間の本質的で内発的な能力なのです。
外在的アート思考:組織にアートを取り込む
外在的アート思考はアートを外部刺激として扱い、作品との対話やアーティストからの刺激を受け感性を豊かにし創造性を取り戻そうというアプローチやアーティストとコラボして商品を作る、または企業の社会貢献活動の一環としてアートを取り入れたり、企業のブランディングとして活用するなど、外在的アート思考でアートは原則として外にあるものとして扱われています。外にあるアートによる刺激を継続することで審美眼やアートマインドを取り戻そうとするアプローチなので結果的には潜在的なアートマインドを復活させようとうアプローチでもあるといえますが、前提条件としてアートは外部にある刺激という位置付けです。絵も描いていない、美術館にも行かないビジネスパーソンにとってアートと社会、アートとビジネスはなかなか結びつつきにくいでしょう。そんなビジネスパーソンにいきなり「あなたもアーティストだ」と言っても逆に引いてしまうかもしれません。そういった意味ではアートと社会の乖離を埋める行為としての対話型鑑賞や社内でのワークショップは有効だと思います。社内に潜在的に存在するシリアルイノベーターの発掘や社員の個別の創造性を引き出すきっかけにもなります。エンゲージメントを高めるため社内で対話型鑑賞のワークショップを取り入れている企業や、ドコモの新規事業「ArtScouterワークショップ」の様に自社のカルチャーモデル(ビジョンやミッショ)をアート作品に投影して浸透さたり、エンゲージメントを高めるプログラムを実行している企業も出てきています。
Facebookの”Analog Research Lab"
アーティストを組織内に実装しているとしてる事例として、Facebookの”Analog Research Lab”という試みがあります。Facebookはオフィスの中にアーティストを多数雇い入れるArtists-in-Residenceプログラムを公式に実施しています。世界中に10のラボがあり、20人以上フルタイムの従業員がいるなど、アーティストは普通の社員同様に雇用され、経営層の言葉からアート作品を制作します。そこに表現された作品から社員が自分なりの意味や答えを導き出します。アートとデザインを通じてFacebookコミュニティ内の創造性、革新性、開放性、接続性を促進するために存在しています。
この様にアートを通じたコミュニケーションが海外の先進的企業では一般化しているのに対し、日本ではまだまだこれからの様です。 でも一つ言えることは、あなたの中にも間違いなくアーティストとしての創造性はあるということです。