第7話 【1カ国目エジプト⑦】ピラミッドと精神的コスト「アフリカンジャーニー〜世界一周備忘録(小説)〜」
「まじで疲れた。もう二度とピラミッドを見たくない―」
初めて見るピラミッドに心が踊ったのも束の間。
僕は、歪んだピラミッドを背に帰路を急いでいた。
ラクダに跨ってしまった…
「よし、ツアープランを3つ紹介するから選んでくれ。」
僕はラクダに跨り3m弱程高い位置から、地面に立つツアーガイドのプラン説明を苦い気持ちで聞いている―
エジプト考古博物館に行った翌日に、「ギザの三大ピラミッド」を見るため電車とバスを乗り継いでギザという街に来ていた。
ピラミッドエリア入口は観光客の他に、罵声のような声で客引きをするツアーガイドを名乗る男達で溢れている。
中にはオフィシャルスタッフのカードを首からぶら下げて、客引きをしてくる者もいたが、いかんせんその"やり方にすら"信用が持てない。
一週間のエジプト生活が僕に不信感を抱かせていた。
視線を上げると、ピラミッドの頂上部分がこちらを見下ろしている。
目と鼻の先にあるピラミッドへの道のりが、果てしないもののように感じられるほど目の前は喧騒でごった返していた―
ラクダに乗りたい
観光客と客引きの人混みを掻き分けどうにか入口を通過した僕は、ラクダツアーを探していた。
「お金が掛かってもラクダに乗ってピラミッドは回ろう」
僕はギザに到着する前からそう決めていたのである。
ピラミッドがある敷地は果てしなく広い。歩いて回るには多くの時間を要す。
有名な「クフ王・カフラー王・メンカウラー王」の3つのピラミッドも外から見ると近く感じるが、実際に歩くとなると1日は掛かるのではないだろうかという距離だ。
「一度ラクダに乗ってみたい」という気持ちが強かったことも、ラクダで回る大きな理由だった。
そういう気持ちも相まってか、入口を通過した後声を掛けてきたツアーガイドに「ラクダに乗りたい」とすぐに希望を伝えていた。
「当然だよ。付いてきてくれ。ラクダツアーを紹介するよ。マイフレンド」
「ありがとう。ところで料金はいくら?」
僕はいつのまにかぼったくりを警戒して慎重になる癖が染み付いていた。事前に料金は聞いておいたほうが良い。
「もう少し先に行ってから、【分かり安い形で料金を説明する】からとりあえず付いてきな。マイフレンド。」
マイフレンドって言い方がなんだかムカつくな。
まぁ、どうせラクダに乗るから付いていくか。料金は納得いかなければそこで断ればいいよな。
そんな事を思いながら、男に付いてく行くことにした。
15分くらい一緒に歩いただろうか。その間、男は陽気に色々な事を話してくる。
僕の興味が無くならないようにしているのかもしれない。
会話の中で"ぼったくらせないぞ"といアピールの意味も込めて、2.3回再度料金を尋ねてジャブを入れてみる。
それでも「【付いたら分かりやすく説明する】から安心してくれ。マイフレンド」と笑顔で言われるだけで教えてはもらえない。
【分かりやすく説明してくれる】なら、まぁいいか。
相手に警戒心を抱き続けることが少しずつ面倒になってきた―
やばい跨ってしもうた
そうこうしていると、目の前に数十頭のラクダが待機している裏手に辿り付いた。
ほとんどのラクダが腰をおろして口をむにゃむにゃしながら、首を伸ばしたり地面に首から顔までつけていたり、仕事前の時間をのんびりと過ごしているようだった。
「これがラクダだ!ちょっとこっち来てこいつに跨ってみなよ!」
ツアーガイドを名乗る男がそう促してくる。
その声色はラクダの群れを見てテンションが上がっている僕にバッチリと合わせられていた。
「お、いっちょ跨ってみるか」
ツアーガイドの男の波長を合わせた声に足が自然と動き、いつの間にかラクダに跨っていた。
嬉々として座っているラクダに跨った僕。すると、笑顔でツアーガイドの男が近づいてくる。
そして、慣れた手付きで僕の両手をラクダのコブに添えさせ、一瞬何かを合図するかのようにこちらに目配せをしてくる。
それから3秒も経っていなかっただろう。男は素早くラクダのお尻をトントンと叩き始めた。
すると、のんびりとしていたはずのラクダが後ろ足を立たせ前傾姿勢になりだしたのだ。
僕の目の前にはラクダの首の両サイドに開いた視界から地面が迫ってくる。
突然の出来事に驚くが冷静に何かを考える余裕はない。顔面から落ちてしまわないようにラクダのコブを両手で握り必死に前に落ちそうになる自分の体重を支える。
そして、後ろ足が立ち上がりきった後、折っていた前足が順番に立ち上がっていく。
ラクダの立ち上がる動作に生じる"一瞬の間"が、数十秒にも感じられた。
まるで、ゆっくり登っていくジェットコースターが「今から落ちますよ」という事を乗客に知らせるため頂上で一瞬動きを止めるような間が数回流れているような感覚だ。
とにかく、一瞬の出来事に僕の思考はまったく追いついていなかった。ただ、必死に落ちないように「硬いコブ」にしがみつくことしか出来ない。
ラクダが立ち上がりきると「グワングワン」と揺れる視界がようやく定まってくる。僕の思考はまだ追いつかない。
「よし!」男の声がした。
その方向に目を向けるとツアーガイドがこちらを真剣な顔で見上げている。
「今から【分かりやすく3つのプランを説明する】から、よく聞いてくれ!」
男は僕と目があった後、張りのある聞き取りやすい声量で僕に言葉を発してきた。
テンションが上がる僕に合わせて舞い上がっていた人間とは、到底思えないような至って冷静な顔つきである。まるで、大事な戦いに挑むような挑戦的な顔つきのようにも見える。
その顔を見てようやく目の前の現実に思考が追いついてきた。
「ちっ。やれた。やばい。ラクダから降りられないやんけ。」
僕はまんまとツアーガイドの常套手段に乗せられていたのだ―
突然始まる値段交渉
「プランはこの3つだ!―」
男はそう言い「松竹梅」のように内容と金額のグレードが違う3つのプランを説明し始める。
男の説明は確かに非常に分かりやすいものだった。英語に不慣れな僕でも聞き取れる簡単な単語を使ってくれている。
男は約束通り【本当に分かりやすく料金を説明】してくれいるようだ。
一方で、騙し討のような形での説明に僕の気持ちは分かりやすいものではなくてなっていた。
3m弱の高さから見下ろしているにも関わらず、僕を見上げている男に主導権を握られているのだ。とても複雑な気持ちである。
「くそ。とりあえずプランを聞くことしかできない―」
立ち上がったラクダの背中からは"容易に降りることが出来ないような感覚"が伝わってくる。
その感覚は、「相手の方が一枚上手であったこと」を認めるしかないという開き直りと諦めを僕に与えていた。
せめてもの抵抗として、見どころを全て見学することができる最高グレードのプランを選び、値段交渉を試みることにしてみた―
ムカつくラクダ乗りの男
値段交渉の末、多少の値下げに成功はしたものの2時間と少しのラクダツアー中「モヤモヤした気持ち」がずっと付きまとっていた。
理由は簡単である。
「ラクダ乗りの男にムカついていた」のと「逃げ場のない値段交渉でぼったくられた」という気持ちが強かっったからだ。
実際のツアーでは僕をラクダのところまで案内してくれた男とは違う、ラクダ乗りの男が僕のラクダを引率してくれた。
確かに初めて見るピラミッドの大きさは衝撃だったし、クフ王のピラミッドの中に潜入した時は心が踊ったのは事実である。
もう二度と乗らなくていいが、ラクダに乗るという経験が出来たことも良いことだ。
しかし、ピラミッドを見ている僕を「クイック!クイック!」と急かしてきたり、最後のチップ交渉でも「馬鹿げた値段を言ってくる」ラクダ乗りの男に疲れ、最後には感動も薄れてしまっていた。
途中ラクダを休ませるために15分くらい休憩している時に、僕の横で現地の"いかにもつまらなそうなトレンディドラマ"をスマホで見ている姿は僕を最大に苛立たせるものだった。
「なに笑っとんねん。おっさん―」
ラクダ乗りとの後味の悪い別れ
全部のツアーが終了した後、後払いの精算を済ませるためラクダ乗りが入り口付近にある部屋へと案内してくれた。
ここまでが、彼の仕事なのだろう。
チップも最小限しか支払わなかったため、男はなぜか僕に呆れている。
お前に呆れているのは僕の方である。
お互いがお互いに対して呆れているため、別れ際の後味の悪さはこの世のものとは思えないものだった。
まるで、ラクダ乗りが途中で観ていた"いかにもつまらなそうなトレンディドラマ"並の酷さだっただろう。
この後、更にサッパリしない出来事が待っているとは知らず、僕は精算のための部屋へと入っていった―
精神的コストが景色を変える
「このパピルスの絵の物語を説明しましょう―」
ラクダ乗りの男に案内された部屋に入っていくと、ツアーガイドの男が僕を待っていた。
「ラクダツアーはどうだった?精算の前に見せたいものがあるからこっちに来てくれ。」
そう言って男は僕を別室に招き入れた後、そっとその部屋から出ていく。
「日本人ですか?こんにちは。ようこそエジプトへ。」
目の前には小綺麗なスーツを着た男が立っている。
日本人観光客相手に覚えたのであろう。
聞き心地ちの悪いカタコトの日本語で男は僕に話しかけてきた―
またパピルスまたパピルス
「なんだこの既視感…またパピルス…」
白基調な綺麗な部屋。壁中に飾れているパピルスに描かれた多彩な絵。
そして、目の前には小綺麗にしている男。
その部屋は数日前ナイル川に向かう途中で僕を助けてくれた男に連れて行かれた場所と全く同じ風景をしていた。
違うのは部屋の広さと目の前の男の容姿くらいである。
「ご希望であればあなたが好きなパピルスの絵の物語を説明しましょう」
極めつけはこの言葉だ。前回と全く同じ語りかけに少し笑いが込み上げてくる。
ラクダに乗せてからの値段交渉。
適当な案内の後の極端なチップ交渉。
そして、欲しくもないパピルスの販売交渉。
三段構えで僕にお金を払わせようとしてくる、ツアーガイドの男達。
その手法にラクダ乗りと別れた時以上の呆れが込み上げてきた。
目の前では微笑みながら、僕がパピルスを選ぶのを待っている男の顔がある。
僕はパピルスには興味がないと丁寧に断りをいれて、その部屋から出ていく。
そして外で待っていたツアーガイドの男に声をかけ、すぐに精算を済ませ外に出た。
そこは、僕の気持ちはお構いなしに来たときと同様の喧騒が空間を包みこんでいた。
その騒々しさに包まれながら歩いていると、支払った金額以上の疲れが僕に伸し掛ってくるような気がした。
その重さを振り払うように、後ろを振り返ってみる。
目の前にある堂々と聳え立つピラミッドが、歪んだ形で僕を見下ろしていた―
◆次回
【雄大なピラミッドを前に二人の男が語る内容とは―】
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