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第13話 【3カ国目マダガスカル①】天国から地獄「アフリカンジャーニー〜世界一周備忘録(小説)〜」

「おい!大丈夫か?中を見てやるから、沿道にバイク寄せろ!」

壊れたバイクに全体重を掛けて、大通りを汗だくで押し歩いてる僕に後ろから声が聞こえた。

その声の主は「救世主」かそれとも更なる「悪魔」か。

自分への"心許なさ"と相手への"猜疑心"が僕の中で激しくぶつかっている―

マダガスカルでの大計画

「650キロか。ふむふむ。原付で行けないこともないな―」

世界一周3カ国目のマダガスカルで僕は、「原動付自転車大移動」を計画していた。

大移動といっても、「首都アンタナナリボ」から南西に位置する「港町モロンダバ」までの650キロの移動である。

モロンダバは「バオバブの木」で有名な港町だ。

通常はバスで15時間〜18時間掛けて移動するのが主流で、原付で移動する人などまずいない。

中にはツーリングツアーなどを行なっている会社もあるようだが、それは中型バイクで首都からもう少し下った街からスタートするものしかない。

ツアー料金もなかなかの値段だし、残念な事に僕は中型免許を持っていない。

とにかく、僕が調べる限り現地で原付を購入してモロンダバまで行くような馬鹿げた事をする日本人は1人もいないようだった。

バスで移動すれば大体2,000円程、飛行機を使えば1万円程で移動できるのだ。
そう考えれば、数万円でバイクを購入して不便な移動をわざわざ好き好んでする人などいないのは当たり前である。

当然だがバイクで1日で到達することはほぼ不可能であろう、最低でも2日間は必要になる。

傍からみると何とも馬鹿な計画を僕は立てていたのだ―

僕が試してみたかったこと

「景色自体は変わらない。しかし、辿り着く過程次第で景色が語りかけてくる内容は変わるかもしれない―」

僕が見知らぬ離島マダガスカルで情報の無い【原付旅】を計画したのには"ある理由"がある。

それは、アフリカ旅の中で「バオバブの木」を見ることを大きな楽しみにしていたからだ。

「バオバブの木」といえば、世界的名著である「星の王子さま」に登場する"小さな星を破壊する悪の木"である。

かつて、バオバブは物語の中に登場する架空の木であると思っていた僕にとって実在することを知って以降「どうしても見てみたい木」になっていた。

特に観光することに強いこだわりがない僕にとって、自分で本当に見てみたいと思っていた「バオバブの木」には思い入れがあったのだ。

【ただの景色で終わらせたくない。やっとの思いで辿り着いたんだ。】

そんな思いの果に出会う「バオバブの木」は僕に何を語りかけてくるだろうか。

そんな根拠のない【ただの好奇心】が馬鹿げた行動へ僕を駆り立てていたのだ―

キングコースト

「頑張ってこいタケ!応援しているぞ!」」

中古バイク屋「キングコースト」で8万円のバイクを購入した僕は、スタッフの皆に見送られながら意気揚々と10年ぶりにバイクに跨り、ガレージから飛び出していった。

「ブオォォンッ」右手でハンドルを回す。

ハンドルの回転に合わせて「フワッ」と前に進む久しぶりの感覚が、高揚感とともに僕を包みこむ。

学生時代、長崎県の佐世保で乗り回してた原付の感覚を思いだす。

この時はまだ、次の日にバイクが壊れてしまうことなど微塵も想像していなかった―

トントン拍子で見つかる中古バイク

「ここにはないけど、15分くらい歩いたところに中古バイクを売っている店があるよ―」

僕はマダガスカルに着いて2日目に、中古の原付を購入するためネット検索で唯一ヒットするバイク屋「Water Front Motor Bike」に来ていた。

ある程度予想はしていたが、「中古バイク」の取り扱いはなく新車しか売っていないようだ。

貧乏旅行者の僕にとって、新車はとても手が出せる値段ではない。

「中古バイクを買いたいんだ。どこで購入できる?ネットを調べてもヒットしなくて困っているんだ。」

目の前の髭を生やした店員にそう問いかけてみると、15分くらい歩いた先に中古バイク屋があると丁寧に道順を教えてくれた。

その言葉を信じてGoogleマップには出てこないバイク屋を目指して歩いていると、聞いていた通り15分程で入口に青い看板で【King Coast】と書かれたバイク屋が目の前に現れた。

「めっちゃラッキーじゃん。」

情報がないなかでバイクを見つけるのは、2日〜3日くらい掛かってしまうだろうと予想していたが、僅か半日で見つけられたことに少しテンションが上がる。

「中古バイクが欲しいのだけど、どれか良いものがありますか?」

高鳴る鼓動を抑え僕は店内に入り、優しそうなマダガスカル人の店員に話しかけていた―

応援してくれるスタッフたち

「黒い2つは275万アリアリ。白いバイクは300万アリアリになるよ。」

アリアリとはマダガスカルの通貨の単位で、大体「1,000アリアリ=30円」くらいである。

僕の要望を受けて、3つのバイクを並べて値段を教えくれる店員の「ミリオンアリアリ」という言葉に一瞬戸惑ってしまうが、すぐに円換算で勘定をして「8万円くらいか。想定内だ。」と自分を落ち着かせる。

「200万アリアリでどう?」

想定内の価格だったが、普通に買うのはもったいないと思い電卓で希望価格を見せて優しそうな店員に提示してみる。

「それは無理だよ。」

店員は苦笑いしながら、270万アリアリと電卓で見せてくる。

その姿を見ていると、丁寧な接客をしてくれた相手に対して申し訳ない気持ちが湧いてくる。3回くらい柔らかな押し問答をしたあと「260万アリアリ」で手を引くことにした。

なかなか、押しきれないのが自分の弱さだなー。と思いながらも気持ちの良い買い物だったのでまぁいいかと気持ちを切り替える。

「このバイクで650キロ先のモロンダバまで行こうと思っているんだ。」

購入の手続きをしている最中に、これからの計画をスタッフに話しをしていると、思いの外大いに盛り上がってくれた。

「わざわざ日本から来て、ウチのバイクを買ってそんな挑戦をしてくれるなんて嬉しい限りだぜ!」

喜んでくれる彼らを見ていると、こちらまで嬉しい気持ちになってくる。

「何かトラブルが有ればいつでもここに戻ってきていいからな!」

会計と書類関係の手続きを済ませ、受け取ったバイクに跨る僕に対してキングコーストのオーナーが元気な声を掛けてきた。

「ありがとう。行ってくるよ!」

僕はそう言い、彼らに見送られながらガレージを後にしたのだった―

壊れたバイクと救世主

「くそ。早速壊れやがった。計画が台無しだ―」

バイクを購入した後、慣れるため気ままに街をバイクで走ってみた。

アンタナナリボの道路は車が常に渋滞しており、運転も荒く二人乗りのバイクも多い。とにかく日本と比べて「危険な道路」であることは一目瞭然だ。

とりあえず、2日間は試乗として街を流してみようと思い出発を3日後と僕は決めていたのである。

1日目は問題は何も起こらず、久しぶりに原付で風を切る気持ちよさに加えマダガスカルという異国の地で「自分の力で手に入れたバイクに乗る」という非日常感を全身で享受していた。

しかし、そんな心地の良い時間は2日目にして急に奪われていく―

不穏な音で鳴り響くエンジン音

「なんかそのバイク、音が変だぞ。バイク屋に行って診てもらった方が良い。」

2日目に訪れたショッピングセンターを出発しようとした時である。通りすがりのおっさんがこう声を掛けてきた。

それまで気づかなかったが、確かに他のバイクと比べて僕のバイクのエンジン音は「倍くらいの大きさ」で唸りを上げている。

「何がどう壊れているの?」不安になり僕は尋ねる。

するとおっさんはバイクを少し触った後、知り合いの修理屋に連絡を入れこの状況で考えうる不具合を確認してくれた。

「たぶんクラッチがまずいな。そのうち壊れるから、早めに修理した方が良いかもしれない。」

まじかよ。昨日買ったばかりだぞ…勘弁してくれ…
明日から650キロの長旅なんだよ…

「ありがとう。購入した店に行って確認してもらうよ。」

おっさんに礼を伝えながら、自分の中で「翼を手に入れた」という大きな気持ちが”猛スピードで不安に侵食されていく”のを感じた―

キングコーストまでたどり着けるか

「エンジンが掛からない。くそっ。おっさんの言ってた通りだ―」

キングコーストに向けて20分ほど走ったところで急にバイクのエンジンが掛からなくなってしまった。

何度もエンジンを掛けようと試みるが、再び威勢の良い音を上げる雰囲気は微塵も感じられない。

「キングコーストまで後3キロもあるではないか―」

キングコーストに辿り着く前でバイクの寿命が来てしまい、僕は大きな絶望を感じて立ち尽くすしかなかった。泣きたくなってくる。走らないバイクなどただの大きな荷物でしかない。


「それでも、前に進まないことには仕方ないではないか。3キロくらい大したことない。2時間も有れば辿り着くだろ―」

しばらくして折れそうな心を奮い立たせ、重たいバイクを押しながら進もうと決意する。

その決意には、「不良品のバイクを販売してきたキングコーストへの恨み」みたいな感情も大いに乗っていた。

とにかく僕は、車が沢山通る大通りの脇を一歩一歩バイクを押しながら歩き始めたのだ。

額からは大粒の汗が零れ落ちている。それでも一歩一歩。足を踏み出していく。

「俺はマダガスカルで何をやっているんだ―」

踏み出す足と反比例するかのように、心許ない気持ちが徐々に顔を出し僕の歩みを少しずつ鈍くしていく。

バイクを手にし「普通じゃない行き方をする」と息巻いていたのに、出発も出来ずに壊れたバイクを押しているという状況が妙に恥ずかしく惨めに思えてきたのだ。

マダガスカルに来て3日目にして涙が零れそうになってきた―

救世主か悪魔か

「とりあえず、そっちにバイク寄せて。診てやるから。」

地域柄なのか、沿道には沢山のバイク修理屋と思われる店が立ち並んでいて、多くの人が僕に声を掛けてくる。

しかし、問いかけは全てマダガスカル語で何と言っているかわからなかったし、既に僕は誰のことも信じたくなくなっていた。

「お前らのことなんか信じるか。どうせ騙してくるんだろ。俺はキングコーストからお金を返してもらうんだ。」

僕は彼らと目を合わすことなくただ前だけをみてバイクを押していく。

2日目にして壊れたバイクは、全てのマダガスカル人を疑わせるのに十分だな出来事だった。

「そろそろ限界だ…はぁはぁ、いや、まだ大丈夫だ…はぁはぁ、やっぱり無理…」

重たいバイクを押すという行為は想像以上に苦しく、僕の中で諦めと闘志が交互にせめぎ合う。

「頑張れ。頑張れ。」何度も自分に言い聞かせながら、ハンドルを握る両手に力を込める。

何とか自分を奮い立たせていたが、30分ほど歩いたところで諦めの気持ちが大きくなってきた。

いや、汗だくの僕に声をかけてきた男の声でなんとか保っていた気持ちが「ぷつんっ」と急に切れたのだ。

「おい、大丈夫か。俺は修理屋だ。とりあえずバイク診てやるよ。」

坊主頭のいかつい顔をしたマダガスカル人だ。

当然、マダガスカル語のため何と言っているのか分からなかったが、彼の言っている言葉がなんとなく自分の中にすんなり入ってくるような気がした。
本当に限界を感じて何かにすがりたかったのかもしれない。

「どっちにしろ、もう一人でどうにかするのは無理だ。もうこれでお金を要求されるなら仕方がない。」

一瞬の迷いの後、自分でどうにかすることを諦め彼を信じることにした。

「もうどうにでもなれ。」

僕は最後の力を振り絞って沿道にバイクを押しやった―

訪れた偶然の出会い

「この部品が焦げ付いてるな。とりあえず直ぐには動かない。」

自分のバイクのメットインスペースから工具入れを取り出し、僕のバイクの座席を外し内部をいじっている彼の姿はまるで魔法使いのようだった。

解体の手際の良さもそうだったが、背中から滲み出るプロの職人としての安心感を強烈に感じたのだ。

自分のバイクが解体される姿を「美しいな」と変な気持ちで見ていると後ろに一組のカップルが現れ、青いハットを被った左前歯が無い男の方が心配そうに声をかけてきた。

「どうした。大丈夫か?」

「いいや、ダメだ。こいつが焦げ付いてやがる。」

何かの部品を取り出して、坊主頭の男が青いハット男に返答する。

どうやら二人は知り合いのようだ。

坊主頭から壊れ他部分の説明を受けた青いハット男が、僕に何やら状況を説明してくる。

言葉はマダガスカル語で理解できなかったが、男の顔を見ていると「ここで修理をしてバイクを動かす事は無理」ということがひしひしと伝わってきた。

「頼む。僕と一緒にキングコーストに行ってくれないか?」

自分でも驚く程唐突に、僕は目の前の青いハット男に助けを求めていた。

一人でキングコースとに行ってバイクの壊れた理由を説明するのは無理だったし、何より頼れる人がいないという心細さが「考えるより先に僕を動かした」のかもしれない。

なりふり構わず助けを求める自分の姿が予想外で、旅で少し変化している自分を感じていた―

すがりつく約束

「ぽつぽつと降り出した雨がいつの間にか、どどど、と連続した太鼓のような音を奏でている―」

雨季真っ只中のマダガスカルの空が、一人では何も出来ない弱い僕をあざ笑うかのように突如大粒の雨を落としているようだった。

バイクは現状では動かないという結論が出てしまったからか、僕を助けてくれた坊主頭の男は他の車のボンネットを上げ修理を始めていた。

雨に濡れながら真剣にボンネットの中を診る姿は、彼が生粋の修理屋だということを感じさせる。

生粋の修理屋として「治してないバイクからはお金を取らない」のだろうか。彼はその後も僕にお金を要求することなく、黙々とボンネットの中に顔を向け作業を続けている。

「疑ってごめん。」

ただ純粋に困っている僕に手を差し伸べてくれた彼を疑ってしまっった自分を少し恥じると同時に、受け取った優しさが雨と一緒に身に沁みてきて再び涙が零れそうになってきた―

助けを求める

「僕と一緒にキングコーストに行って、バイクが壊れたことと修理について話してくれないか?」

一緒に雨宿りをしていた、「ジャラ」と名乗る青いハットのマダガスカル人に僕はGoogle翻訳を使って必死に助けを求めていた。

「助けたいけど、そこまではちょっと難しいよ…」

ジャラはごめんと言いながら困った顔で僕を見つめている。

急に面倒事に巻き込まれてしまったジャラの気持ちが分からないでもなかったが、僕は諦めずにこれまでの経緯や、どれだけ直ぐにバイクが壊れたのかなどを説明を続ける。

僕はどうにかしてこの状況を打破したい一心で彼に助けを求め続けていた。

30分程しつこく助けを求めただろうか。

「そんな事知るかよ。」という彼の表情が少しずつ変化していくのを感じた―

助けることを了承するジャラ

「君は僕を信頼してくれていると思う。僕も君を信頼するよ。」

最初こそ急な申し出に困っていたジャラだったが、僕が必死に助けを乞う姿を哀れに思ったのか、それとも「困った人は助けるべきだ」という思いがあったのか、最終的に協力を了承してくれた。

「今日は無理だけど、明後日の月曜日に一緒にキングコーストに行こう。よかったら、それまでに僕がバイクも治しておく。」

願ってもない申し出だ。一人で問題に直面し心細かったからか、また涙が出そうになる。

「ありがとう。本当にありがとう。修理費用はキングコーストから払ってもらうように交渉してほしい。」

「もちろんさ。彼らがプロの仕事をすることを期待するしかない。」

Google翻訳での会話なのでおそらく正確なやり取りは出来ていなかったが「僕を助けてくれる」ということだけはしっかりと伝わってくる。

話しを聞いていると、ジャラと坊主頭の男は従兄弟同士らしい。
休日に奥さんと歩いていたら、従兄弟がよく分からないアジア人のバイクを解体しているのを見つけて話しかけたようだ。そして、ジャラ自身も修理工でバイクに詳しいとのことだった。

「このバイクを僕が自分の家のガレージまで押して帰って修理するよ。」

壊れたバイクを道に放置していても仕方がないので、僕は彼にバイクを預けることにした。

ジャラは小ぶりになった雨の中を僕のバイクを押しながら奥さんと二人で、歩いていく。

少しずつ小さくなっていく二人の姿を見つめながら、複雑な感情が僕の中を駆け巡ってきた。

「このままバイクが返ってこなかったらどうしよう―」

救世主への感謝の気持ちと裏腹に、2日前に購入したバイクが手元からなくなったことで完全に信じきれない自分もいる。

「でも、これで裏切られたなら仕方がない。そもそも壊れて動かなくなってるんだ。」

どうにでもなれ、と自分に言い聞かせる。

損得勘定では割り切ることが出来ない何かが僕の中で芽生えていた。

僕は雨に濡れながら、壊れたバイクを押す青いハットを被った男の姿を見えなくなるまで「じっと」見つめていた―

◆次回
【不良バイク屋キングコースとへ!無事修理費用を取り戻せるのか―】


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