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楽器コンビネーションの冒険:マット・マシューズのSwingin' Pretty and All That Jazz, 1960
「マット・マシューズの4 French Horns Plus Rhythm」という記事の最後に触れたアルバム、Mat Mathews - Swingin' Pretty and All That Jazz, 1960のLPリップのFLACファイルをInternet Archiveで手に入れ、ノイズ・リダクションをかけた。
IAのMat Mathews - Swingin' Pretty and All That Jazzファイル
IAのLPリップの大多数は非常に状態が悪く、事前の盤洗浄もしていないので、ソフトウェアによるノイズ取りがうまく行くとはかぎらないが、この盤はMagixのオート設定で、おおむね満足のいく結果が得られた。
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聴いて驚いた。いやもう、わたしのためにカスタム・メイドされたようなサウンドで、おおいに満足し、この一週間で数十回聴いた。ふだんは、一、二回しか聴かない人間が、である。
◎奇蹟の楽器構成
「マット・マシューズの4 French Horns Plus Rhythm」にも書いたが、非主流派の楽器が好きで、近年は、4ビートでも、クラシックでも、そういうものを集めている。Swingin' Pretty and All That Jazzは、その道の究極的到達点のような盤だった。
アコーディオンが好きだから聴いてみることにしたのだが、冒頭、ギターとアコーディオンのユニゾンによるテーマの途中で、左チャンネルからハープのグリサンドが入ってきて、おお、ハープ・ジャズだったのか、と歓喜した。ハープも大好きで、クラシックのハープ盤のみならず、一握りしかないハープ・ジャズ、ドロシー・アシュビーやアリス・コルトレーン、さらにはコーキー・ヘイルの盤も聴いている。
さらに、ハープより少しセンター寄りに定位されて、ヴァイオリン登場。これがまたいい音を出している。きちんと訓練された人の出音だ。アコーディオン、ヴァイオリン、ハープという非ジャズ楽器の3カードである。こういう音が聴きたかったのだ!
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調べてみてビックリ。コーキー・ヘイルはリーバー&ストーラーの片割れ、作曲のほうをやったマイク・ストーラーの夫人だそうな。しかも、芸能界にはめずらしく、添い遂げたらしい。このLPでは、彼女はハープだけでなく、ピアノとフルートをプレイしている。好ましい盤。
◎オッド・ボール集団のアンチ・ビーバップ
マット・マシューズは、Discogsによれば、1924年オランダ生、第二次大戦後、英国に渡り、BBCでプレイした後、1953年にNYに移り、自分のクウィンテットや他人のバッキングをやり、1964年にオランダに戻ったという。Discogsには多くの盤がリストアップされている。どんどんリイシューされるなんてことはないだろうが、IAでLPリップが公開されるのを期待したい。
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ハープのジーン・ビアンコは1927年生、コネティカット出身、クラシックのハープ奏者としてスタートし、おおいに注目を浴び、嘱望されたものの、もともとジャズが好きで、そちらに転じたということなので、コーキー・ヘイル、ドロシー・アシュビー、アリス・コルトレーンらの先駆ということになる。
ジーン・ビアンコ以前にも「ジャズ・ハーピスト」というのが存在したかどうかが気になる。ひょっとしたらビアンコはハープ・ジャズの創始者かもしれない。Discogsには多数のリーダー・アルバムがリストアップされているし、IAにも一握りだが、エントリーがあった。いずれノイズ掃除をして聴いてみる。
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例によってひどいリッピングで、ノイズ・リダクションをかけないことには到底聴けたものではないが、このLPもIAにFLACファイルがアップされている。
ヴァイオリンのグナー・ハンセンは、DiscogsではこのSwingin' Prettyにしか名前がなく、あれこれ見てみたが、デンマーク・ジャズ・ディスコグラフィーというものしかヒットしなかった。
名前もそれらしいので、デンマーク出身なのだろうが、それ以外は不明。しかし、サウンド、プレイは悪くない。ボウイングも叮嚀で、雑なプレイばかりするジャン=リュック某などよりはるかに好ましい。まあ、ものすごく上手いわけではないが。
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ヤフーディー・メヌーヒンとステファン・グラペリ、クラシックとジャズ、ふたりのヴァイオリン・プレイヤーによる共演盤を集大成したボックス。究極のヴァイオリン・ジャズである。
彼らのアンサンブルには品がある。「ブロウ」なんかする楽器がないだけでも品がよくなるが、こういう楽器を集めたマシューズの意図は、洗練にあったに違いなく、どの曲も、個々の楽器がインプロヴで勝手に暴れまわって、厭な音を出すことはなく、一定のアレンジの枠組のなかで、リラックスしたプレイをしている。
録音、ミキシングも、各楽器が相互干渉しないようにしてあり、個々の音がくっきりした輪郭をもって聴こえてくることもおおいにけっこうだった。
◎主流派楽器側
ギターのバッキー・ピザレリはお馴染みの人、ジョン・ピザレリのお父さん。ピッキングが端正で、こういうサウンドにはピッタリのプレイヤーだが、Honeysuckle Roseでは、静かなフレームをちょっとだけ揺らそうと、強いカッティングをやっていて、それはそれで意図もわかるし、なかなか楽しい。
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ストリング・ベースのヴィニー・バークも無数のセッションでプレイした人で、NY録音盤は少なめなわが家にもかなりの数のアルバムがある。これまた静かで洗練されたアンサンブルにふさわしい出音、タイム、プレイをしている。
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なんでも検索してみるものだ。うちのHDDにはちゃんとヴィニー・バークのリーダー・アルバムが収まっていた。持っていることすら忘れていたくらいだから、どんな音かは記憶にないが!
ドラムズのテディー・サマーは知らなかったが、NYのスタジオ・ドラマーで、ポップ、R&B系でも多数のセッションをしたらしい。Discogsには、ウィルソン・ピケット、ソロモン・バーク、レイ・チャールズ、ティト・プエンテ、フランク・シナトラほかの名前があげられている。
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60年代のアトランティック・レコードは、スタックス・レコードを傘下に置いていた関係で、マスル・ショールズやメンフィス録音が多く、そちらのほうがヒットしたのに対し、NYセッションは目立たず、メンバーを気にしたことがなかったが、思わぬところで、NY録音の手掛かりが得られた。
おかしなことに、4ビートの世界では、有名なドラマーの多くはうまくない。みな自己流で、基本ができておらず、タイムもよくないし、ミスショットや誤魔化しが多く、しばしば左手首(正確には「非利き手の手首」)が硬くて、綺麗なアクセントをつけた滑らかなパラディドルができないものだ。
しかし、バッキング専門の人は、その仕事の性質上(スタジオ・ワークは敷居が高く、才能と適性のある人しか雇われない)、タイム精度が高いし、よけいな音を出さない。このテディー・サマーもそのタイプで、控えめだし、安定したビートでアンサンブルの土台を築いている。
◎Right time, wrong place
Mat Mathews - Four French Horns and Rhythmを聴いた時も思ったが、このMat Mathews & His All-Stars - Swingin' Pretty and All That Jazzも、サウンドは徹頭徹尾非NY的で、どうしてハリウッドに行かなかったのだろう、カリフォルニアなら、こういうサウンドは据わりがよく、すんなり受け入れられたに違いないのに、と感じた。
楽器構成は違うが、総体として受ける印象は、たとえばチコ・ハミルトンやキャル・ジェイダーあたりの、音を詰め込まない、さっぱりと涼しげなもので、地下のクラブの埃っぽさ、汗臭さからは遠く離れている。ハーモーサ・ビーチのライトハウス(ウェスト・コースト・ジャズ発祥の地!)のような、海辺のクラブでプレイするのにふさわしい音楽だ。
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マット・マシューズを聴きながら、どこかでこういう音空間を経験したことがあるなあ、と考えていたのだが、やっとわかった。キャル・ジェイダーのMambluesの記憶と結びついていたのだ。
ハリウッドのジャズは、NYのような教条主義、固定観念に囚われていなかったので、カリフォルニアでやっていれば、マット・マシューズはオランダに帰らずにすんだだろう。
以上、厭な音を出す人は皆無、音を暴れさせない録音も好ましく、非常にいいアルバムだった。こういうものが隠れているから、昔の音楽を掘りつづけているのだ。