『アンドロメダ病原体』とギル・メレの失われたエレクトロ・ジャズ
子供の時はさすがに電子音楽だの、前衛音楽だのというものの盤を買ったことはなかったが、映画やTVのスコアでは、その種のサウンドはめずらしくなかった。
東宝特撮だって、変な音楽が鳴ることがあったし、電子音楽を使った有名な映画としては、『禁断の惑星』というSFもあった。いちいち例をあげる遑もないほど、SFを中心に、非伝統音楽、無調音楽を使った映画はたくさんあった。
◎2001年宇宙の旅とリゲティー
スタンリー・クーブリック『2001年宇宙の旅』は、映像、観念のみならず、音楽もすごかった。ありものの音楽を填め込んだだけなのだが、その効果たるや見事で、映像と音の組み合わせ方の教科書のような映画だった。
有名なのは、メイン・タイトルのように使われたリヒャルト・ストラウスの「ツァラストラはかく語りき」と、骨が宇宙船に化けるショットの直後の、月へのシャトル便の飛行で流れるヨハン・ストラウス「美しき青きドナウ」だろう。
しかし、映画館で、ウワッ、これはなんだ、と思ったのは、ジョルジュ・リゲティーのLux Aeternaだ。最初は、あれは音楽というより、効果音のようなものに思え、既存の曲の流用だとは思わなかった。
後年、OSTを手に入れ、はじめてリゲティーという作曲家を知り、そういう音楽をつくる人らしい、というところまでやっと理解が及んだ。
◎アンドロメダ病原体の尖鋭的映像とサウンド
マイケル・クライトンは学生時代から小説を書きはじめていて、翻訳も出ていたのだが、最初に読んだのは『アンドロメダ病原体』だった。半世紀以上前に読んだきりだが、リアリスティックな描写で、新しい時代のSFと感じた記憶がある。
それをロバート・ワイズが映画化した。たぶん2001年宇宙の旅を意識したのだと思うが、これまた非常にリアリスティックなタッチで、感銘を受けた。とくに、開巻まもなくの、死の町を上空から調査するシークェンスが、昔のテレビのSFドラマ(「ミステリー・ゾーン」や「アウター・リミッツ」)のようで、引き込まれた。
音楽がまたよろしかった。『禁断の惑星』のような電子音楽、ただし、昔のSFではよくあった、ポコポコいうようなものではなく、もっと鋭角的で、新しい味があった。
◎エレクトロ・ジャズ
のちに、CD化されてから、『アンドロメダ病原体』のOST盤を聴いたが、やはり好ましいサウンドで、作者のギル・メレというのはどういう人なのか気になった。
ほかになかったのでしかたなく、作曲家としてではなく、サックス・プレイヤーとしての盤(いや、大部分はメレの自作曲だったが)を聴いてみたが、最近、考えが変わったものの、最初はふつうの、50年代にはよくあったバップのように感じ、ありゃ、こんな人だったの? と蹈鞴を踏む思いだった。
その後、入手した数枚も、やはりほぼノーマルな4ビートで、あのアンドロメダ病原体のアヴァンギャルド・ミュージックはどこから出てきたのかと、首をかしげた。
そのかしいだ首がまっすぐになったのは、つい最近、1968年のアルバム、Tome VI: The Jazz Electronautsを聴いてのことだった。副題に「ジャズ電子化隊」とあるように、オープナーからして、なにやら電子音が聴こえ、ふつうの4ビート・ミュージックではない。電子音や、電気的にモデュレートした楽器音がしていて、電子音楽に半歩踏み出したサウンドだったのだ。
アンドロメダ病原体の公開は1971年、したがって製作は前年だろう、ギル・メレのTome VIは68年、まさにサイケデリック時代のど真ん中、そういう状況での電子音楽への傾斜が、映画スコアの依頼につながったに違いない。
メイジャー・スタジオの大作であるにもかかわらず、映画スコアの素人であるギル・メレが起用されたのは、プロデューサーないしは監督が、既成の作曲家にはないものを求めたからではないだろうか。
なぜふつうのサックス・プレイヤーが無調音楽による映画スコアをつくったのか、そのミシング・リンクがやっと見つかり、胸の閊えが下りた。
◎自作ディヴァイス群
Tome VIにはメレ自身によるライナーがあり、「これは史上初のエレクトロニック・ジャズ・アルバムである」という言葉からはじまっている。
そして、五種類の電子機器(electronic instruments、「電子楽器」と解釈することも可能だが)を使って、既成楽器の音を変形したという。最後のほうに、その五種の説明がついている。
エレクター、エンヴェロープ、ドゥームズデイ・マシン、トームVI、イフェクツ・ジェネレーターという五種類だそうで、それぞれに細かく説明されているが、煩雑なので全部を書き写すことはしない。
アルバム・タイトルになったトームVIは、ソプラノ・サックスのトーンを変形するためのもので、サックス内部に組み込まれている、とある。
スティーヴ・ダグラスがヴェンチャーズのSlaughter on 10th Avenueで、サックスの音をピックアップで拾って、レズリー・スピーカーに通したが、ああいう方式でサックスの音色を変化させるイフェクターらしい。ただし、レズリー・サックスに似た音色ではない。
最後のイフェクツ・ジェネレーターは、
A console device capable of playing arpeggiated passages of infinite variety and complexity. Polyrhythmic patterns are also possible.
と説明されていて、わざわざ「コンソール・ディヴァイス」と云っているのは、楽器に接続するものではなく、独立した機材=波形発信機である、という意味だろう。既存楽器の音を変形するイフェクターではなく、電子音を発生させる楽器である、と明確にしているのだ。
ほかのディヴァイスもアンドロメダ病原体に使われたと思うが、何度か登場し、あのスコアを特徴づけている電子音のアルペジオは、これでつくったのだとわかった。謎がひとつ解けて、やれやれである。
このライナーを読んで、こうしたディヴァイスはすべてギル・メレが自作したとわかり、ええっ、そうだったのかよー、であった。ギターを改造し、録音機材を自作したレス・ポールの、ギル・メレはソウル・ブラザーだったのだ!
◎映画と無調音楽
以上のようなあれこれを読んでから、改めて手元のギル・メレ作品を総浚えしてみた。
まず、注意深く聴けば、ごく初期に、すでにアヴァンギャルド嗜好を示す曲をつくり、プレイしていたことに気づいた。とくに初リーダー・アルバムのNew Faces, New Soundsがその傾向が強く、Cyclotron、Sunset Concerto、Four Moons、Mars、Under Capricorn、Venusなどと、SFっぽいタイトルの曲が並んでいる。いずれも、メレ自身の作だ。Octoberという曲は、よく聴くと、アンドロメダ病原体のプロトタイプに思えてきた。
また、アンドロメダ病原体OST自体も、使用機材がわかってみると、電子楽器による合成音と長いあいだ思いこんでいたものの多くも、じつは、たとえば、チェロやベースの音をモデュレートした音に思われてきた。
これが、いくつもある無調音楽による映画スコアのなかで、とくにメレのアンドロメダ病原体が魅力的に感じられる最大の理由ではないかと思う。電子音より、テクスチャーのある、人間的な響きが底のほうに感じられ、印象に残るのだろう。
アンドロメダ病原体のスコアはそれなりに注目されたのだろう。その後、メレがいくつかの映画のスコアをつくったことから、それはうかがえる。
しかし、ジャズのほうではほとんど忘れられた存在だし、映画方面でも、アンドロメダ病原体以外には、メイジャーな作品はなく、今回調べるまで、ほかの映画は知らなかった。
一言で云って、ギル・メレは不遇の作曲家、オブスキュアなジャズ・プレイヤーである。楽器やイフェクターの製作までやった先駆者だったのに、評価をされていないのは、ただただお気の毒というしかない。
せめて、これからも未聴のアルバムを探して、きちんと全体像を把握しないといかんよな、と思う。
@tenko11.bsky.social