Suchmos - The Anymal: シティポップ・リバイバルはリドリー・スコットの夢を見るか?
冒頭を飾る「Water」は各楽器が中期以降のThe Beatles的な音色でもってアンサンブルが繰り広げられる。音色のみでなくフレージングやグルーヴ感にもその影響は見えるだろう。だが何も彼らがビートルズからの強い影響を感じる演奏を披露するのは初めてではない。しかし、本作で鳴らされるそれは前作『The Ashtray』の「One Day In Avenue」で引用した「Hey Jude」、あるいは「Let It Be」に「All You Need Is Love」といった”みんなのポップス”たるビートルズの側面では無く、「Dear Prudence」や「The Continuing Story Of Bungalow Bill」、「I Am The Warlus」…当時最も尖っていたJohn Lennonが織りなしたエッジー、サイケ、あるいはダルなそれらのパスティーシュだ。近年の英語圏バンドで言えばTame ImpalaやKing Gizzard & The Lizard Wizardらのアプローチとも近い。もとよりヴィンテージなクラシック・ロック志向はあったにせよ、かなり渋い方向に舵を切った事がこの曲だけで伺える。
その中〜後期ビートルズ、特にジョン的な表現やフレーズはアルバム全体を通して繰り返しテーマとして表出するのだが、そのひとつひとつを取り出して分析するよりも、そのような方向性に転換した事、それ自体を大きく見ていきたい。
そのヒントは他ならぬ前述の冒頭曲「Waters」にある。アウトロに配置された”I love you”というセリフは映画『ブレードランナー』からショーン・ヤング演じるレイチェルのセリフのサンプリングと思われるが、その『ブレードランナー』とは後の『AKIRA』や『攻殻機動隊』といった作品でも踏襲され今やお馴染みとなった表現の一種である、未来を高度な技術の発展によるユートピアとして描くのではなくその裏で荒廃したかつての都市をある種の泥臭さを伴って描く”サイバーパンク”の嚆矢となった作品だ。
その『ブレードランナー』を撮った監督リドリー・スコットの当時の前作そして出世作にあたる作品は、特別映画好きでなくとも一度は観た事があるのではなかろうか、あのパニックホラーシリーズ『エイリアン』の第1作だ。暗い色調によって未来を描くという点は共通していても、実際得たそのネームバリューの差(私を含めたある種の人々には『ブレードランナー』の方がより強い存在であるのは周知の事実だが、しかし『エイリアン』のその後のシリーズ作品と30年以上を経た待望の第2作である『ブレードランナー 2049』の興行収入の差を考えると…)を考えても、エンターテインメントとしてのパンチ力の違いは明らかで、莫大な制作費を使えるようになった初作に『ブレードランナー』のような、映画全体を通じて雨が降り続け色調も著しく暗い上にアクションの派手さも前作からかなり控えめになった作品を作ったリドリーの決断は、これぞクリエイティブで非常に大胆かつ勇敢なものだった。そして、あるいは実際にサンプリングもそのリドリーの決断に敬意を表しての事なのだろうか?ここでのSuchmosは当時のリドリーと同じ道を歩んでいる。
シティポップ・リバイバル・ムーブメントの枠を大きく超えた「Stay Tune」のヒットを経て前作『The Ashtray』から「Volt-Age」がNHKのサッカーワールドカップロシア大会のテーマソングに選ばれ、その年末の紅白歌合戦にも出場、名実ともにスタジアム・ロックと言えるプロップスを獲得して満を持したタイミングでの本作は、『ブレードランナー』がそうであるように、アルバム全編を通じて雨の降り続ける街中をストーン気味に揺蕩うダルでブルージーなサイケデリック・ロック絵巻となった。既に述べた「Water」のみならず、先行12インチのA面として出された「In The Zoo」は69年におけるビートルズとLed Zeppelinのマリアージュとも言える楽曲だが、それは皆に知られる「Something」と「Communication Breakdown」を合わせたものと言うよりは「I Want You (She’s So Heavy)」と「Baby, I’m Gonna Leave You」を合わせたようなマイナーキーのダウナーな楽曲だ。ここ日本でこれだけの知名度を獲得したバンドがこのような楽曲をシングルとして切る決断は、まさしく『エイリアン』から『ブレードランナー』に進んだリドリーの決断と重なって見える。
そうして60〜70年代のロック的なイディオムを多分に用いながらも、David Bowie『Blackstar』以降なヒップホップを吸収した現代ジャズからのフィードバックを受けた音作りのドラムがバシバシと杭を打つ、現代的なエレクトロニックのポップとも同列に戦えるその音像はArctic MonkeysやFather John Misty、Dirty Projectorsといった2018年に高い評価を得た英語圏のロックバンドと比べても何の遜色もないものに仕上がっており、楽曲構造的にもループ的な感覚を持ったリズム隊が先導しサンプラーの印象的なフックや強烈なサブベースを持つ「ROMA」等を溶け込ませる事で、懐古的な色に傾倒し過ぎず安易にクラシック・ロック・リアルタイム世代に媚びるようなサウンドともまた一線を画す事に成功している。
さらにインタールード的な「Phase 2」を除けば最も短い尺でも4分超、半数が6分超で最も長い尺は12分弱に及ぶという長さ、これも尺が短くなっている現代のポップシーンに対する大いなる挑戦として特筆すべきだ。実を言えばこれも前作『The Ashtray』からその点への挑戦は始まっていた。が、しかし、前作は率直に言えばそのコンセプト優先の頭でっかちなものになっており、尺の長さを上手く活かした楽曲は半数以下に留まっていたと言えよう。翻って、というか前作でのトライがあったこそか、今作はその尺にも関わらず無駄に冗長なトラックは無く、しかも手数の多いソロ等が無くても8〜10分以上の尺を聴かせるだけの見事なバンドアンサンブルを鳴らす。
サイケデリックブルースから長尺のプログレッシヴ・ロックへ…と言えば思い浮かべる人も多いであろう、ロック史上に燦然と名を刻む名バンドPink Floyd。その名作『Wish You Were Here』から長尺をアルバムの冒頭とラストに分割して収録されている「Shine On You Crazy Diamond」へのオマージュといっていいフレーズを冒頭に響かせつつ、まさにプログレ的に12分弱を聴かせる最長曲「Indigo Blues」はそんな歴史的名盤と同列の位置にまで今のSuchmosが到達している事をはっきりと示している。『ブレードランナー』がSF映画において名画の中の名画との評価を確立したように、本作もまた日本のロックの名盤の中の名盤と後世からも振り返られるであろう金字塔を打ち立てた作品だ。
さて、アルバムレビュー本編はここまでとして。幾つか付随するトピックにも触れたい。
まず、前述のアナログ限定先行シングル「In The Zoo」のB面、「Pacific Blues」だ。これが今の所各種ストリーミングサービス等にも無く、ライヴ・テイクこそオフィシャルYouTubeチャンネルで公開されているが、スタジオ・テイクは上のアナログでしか聴けない。しかしながらこれが埋もれてしまうには惜しい名曲だ。確かにアルバムに加えづらいのはわかる。そもそも尺もアルバムに入れば最長の「Indigo Blues」と匹敵する長さだ。だが、いかにもアルバム本編のクラシック・ロック寄りなムードを反映させたラフなジャム・セッション風の冒頭から、シティポップ・リバイバルとしてシーンに現れた面目躍如なスウィートなハーモニーと今作らしい熱っぽいギタープレイの同居に向かっていくという構造は、(だからこそアルバムに収めづらいのだが)1曲でアルバム全体の構造を表現しているようでもあるし、そのクオリティも抜群だ。売り切れの店舗もあるが中古市場も今の所さほど高騰していない。特別熱心なファンでなくともこのために12インチを抑える価値が十分あると今のうちに推薦しておこう。
またもう一つは、3LPアナログよりも先にリリースされたCD初回限定盤の特典DVDだ。日本のビッグネームの例によって、初回限定盤と銘打たれてはいるが発売数ヶ月経ってもどこの店も概ね在庫が残っている。私は基本的に音楽フォーマットとしてアナログ盤を最も愛好しているのでアルバムレビュー本編の締めくくりとしては3LPへのリンクを張ったが、そんなアナログ派の諸氏にとってもこのDVDは観るべき価値のある映像だ。
その中身はライヴ映像ではなくレコーディング・ドキュメンタリーである。本作の結果的な素晴らしさを思えば、全編モノクロでカットを頻繁に切り替える構造はやや過剰とも言え、もっと淡白な映像でも十分に興味深い内容になったのではと思ってしまうが、しかしこれだけの作品の録音時の断片を捉えたものだ、音楽制作や楽器演奏を嗜む者にはたまらない瞬間が頻発する。ラフな出で立ちで皆でパーカッションを囲み打ち鳴らす部分はThe Rolling Stones「Sympathy For The Devil (悪魔を憐れむ歌)」の録音風景を撮った一部には悪名高きジャン=リュック・ゴダール作品『ワン・プラス・ワン』も思い出す(…が安心してほしい、あの映画を観ていられないという向きにも十分鑑賞に耐えうる内容だから)。
もちろんストリーミングやDL販売でも十分に楽しめる内容ではあるが、そうして気に入ったなら是非とも3LP、DVD付CD、12インチと様々な形態様々な角度からこの作品を味わってほしい。十分にそうする価値のある内容だ。