【読み解け】濃い雲が二きれ(宮沢賢治)
シャーマン山は、賢治さんが良く表現する名前で、いわゆる早池峰山のことですね。
濃い雲が二きれ
誰か特定の2人を示して、
何を吐(ぬか)して行ったって?
と、何やらご立腹の様子。
するともうひとりが答えます、
雷沢帰妹(らいたくきまい)の三だとさ!
雷沢帰妹は易学の言葉で、その三爻を示していると考えます。理想はわかるが、向いていない、不相応。そんな意味。
『こっちの言うことも聞かないで、あいつら上手くいくはずもない。』でも止めようにも止められない、もどかしい思いが伝わります。
向ふは寒く日が射して
向こうは日が差している、いわゆる前途は明るい、結果は明白だとも見える状況で、『寒く』感じるのは、惜別の思いか、あるいは満たされない何かがある事を感じさせます。
蛇紋岩の青い鋸(のこ)
蛇紋岩をサーペンテインと読みます。石言葉というジャンルがあって、賢治さんの時代からあったかは不明ですが、サーペンテインの場合は『魔除け、旅立ち』すなわち旅の安全を願ったものと思います。
青い鋸は、青は賢治さんの好きな色で、鋸は文字通りギザギザ。山谷あるけれども、きっと君等は大丈夫だし、そう願っている。
そんな前向きの歌と感じます。
詩が発表された時代背景から考察してみます。
1926年9月の歌。賢治さんはこの4月に花巻農学校の教諭を依願退職して独居生活を開始、農業に勤しみます。30歳のころです。
これまで広まっていなかった肥料の認知を高める活動や、農民芸術を広める取り組みを始めますが、この活動はいわゆる未来の『日が差して』いる賢治さんの思い描いた夢でもあったと思います。
安定した教諭生活から、裸一貫で自分の信念を貫かんとする賢治さんの強さと、一方では始めてみたら苦労だらけで。
周りからも無理だとか向いてないとか、保守的な老人方からいろんな声がありました。そこに弱さも感じながらも蹉跌に屈せず奮進しようとする意気込みを感じます。
『濃い雲』は、やる気あふれる人物。『二つ』のうち一つは賢治さんなら、もうひとつは何だろう?志を共にするも、交流を分断されてしまった保阪嘉内のことだろうか。
科学的知見や知識、そして文学的な捉え方と表現力、それを支える先見性や行動力に、感心しきりなのでした。