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結婚した後輩と出世する近い世代

暑苦しい季節に暑苦しい話が聞こえるもの。

隣の事業所の浪速速人君が契約社員の鈴木さんと結婚したことで、ちょっとした話題になっていた。

かねてから「結婚せんの?」と言われていたそうだが、三十路になって急に結婚した。

昼休みの食堂で他に空いている席も無かったことで相席になり、気まずい雰囲気に息苦しさを感じるので、つい軽口を叩いてしまう。

「最近結婚したんやてね。コロナを前にして寂しくなっちゃった?」

「そら俺は孤高を気取れる先輩とはちゃいますんでね」

なかなかに嫌味たっぷりである。

難波君とは正直相性があまり良く無かった。
彼は誰からも好かれる陽キャの大阪人気質。
対する私は根暗で卑屈な埼玉人。

一緒の部署で働いたこともあるが、何かと私は彼とはウマが合わなかった。

週末は宗右衛門町のキャバクラで飲んでいることはコロナ前ではよくある人だった。
典型的な遊び人の彼が30歳で結婚するのも信じられないところがあった。

「先輩、俺がコロナ前にキャバクラ通いしてたの知ってるやろ。

「先輩と違って俺、一人慣れしてないねん。今がどういう状況かわかりますよね」

「あー、浪速君、自粛要請ステイホームとかちゃんと守ってたんや」

「先輩や祝園が異常なだけっすよ。緊急事態宣言中に旅行へ出かけるとかヤバいっしょ」

「おかげで静かな京都旅行できたけどな」

「それ普通の人の感覚ちゃいますねん。緊急事態やら自粛やらで家におるようになったけど、家にいると孤独感実感して、堪らなく不安になったりしますやん」

「それで結婚って早ない?
仮にもキャバクラ通いしてた浪速君がコロナでアッサリ結婚とかビビるわ・・・」

「鈴木さんは大阪出身同士で気が合ったって言うのは大きかったですわ。それで互いに一緒になりたい言うんもおかしくないでしょ」

「そういうもんなんかなぁ・・・」

その後、小言を言われながらも、浪速君は食べ終わるとサッと席を立ち、休憩室から出ていった。

8月が終わって9月になり、秋期人事異動計画が発表された。

浪速君は出世して主任になっていた。

結婚というライフイベントを前にして、仕事ぶりが良くなったことが評価されたそうだ。
琳華リンファは営業主任に出世した。
人事異動を前にして溜息をつく。

コールセンターのSVという肩書きはついているが、会社員としては平のままだ。
別に出世できないことに不満があるわけじゃない。
ただ、結婚して箔が付いた男とキャリアウーマンとして輝く女という現象を前にした時、何者にもなれない自分に絶望した。

結婚を考えたところで、人を好きになるという感情が理解わからない。かといってバリバリ仕事をこなして「男にも負けない女」みたいになりたいわけでもない。

何になりたいかがわからず、何者にのなれない現実にただ嘆息し、今日も変わらない惰性を生きるだけだった。

登場人物

わたし

埼玉県出身の30代。
人生迷いだらけ。
大阪転勤になってからの愉しみは週末に埼玉の郷土料理(ぎょうざの満州)に入り浸ってビールを飲むダメな大人になること。

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