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「未来に伝える沖縄戦④」(琉球新報社編)をお土産に買って殉国美談を考えてみたっていい
那覇空港からモノレールで数分の小緑駅、隣接のAEONのショッピングモールにくまざわ書店の大型店舗があり、郷土出版を揃えたコーナーで目に留まったのが戦争経験者の証言を集めた琉球新報社のブックレット・シリーズ、沖縄戦の証言集でした。薄くて安くて活字も大きく気軽に買えるブックレットです。
(最近注目している岩波ブックレットに似たサイズの、A5版薄型で活字も紙面も文庫版より大きく値段もカジュアルな冊子で、衝動買いには最適)
日本側の宣戦布告でスタートした太平洋戦争
その最大の犠牲を払わされたのはいうまでもなく激しい地上戦が展開された沖縄でした。が、当時を語れる生き証人たちも今や80歳台以上に達し、肉声が聞けるチャンスも残り少なくなってゆきます。
この本(新聞連載)はゼロ世代よりさらに若い沖縄の中高生たちが戦争体験者にインタビューした内容を文章化した構成になっており、聞き手役の学生たちの感想や当時の用語・背景の簡単な解説もふんだんに加えられています。戦史や教科書には載ることのない、生で戦争を経験した激戦当時の子供達の証言には、我々の世代でも驚くような内容が溢れています。(Web版でも一部お読みになれます)
https://ryukyushimpo.jp/tag/the-battle-of-okinawa-to-be-passed-on-to-the-future
当初、日本軍は優位に立つとの戦況報告もあり終戦の前年までは緊迫感もありません。それが米軍艦隊が沖合に連なるようになると砲弾が飛び交い、戦闘機の機銃掃射で子供からお年寄りまで狙い撃ちのピンポイント攻撃が始まりもします。
戦火の激しさは当然として、将兵たちの態度や振る舞い、極限に置かれた毎日の暮らし・・・・とりわけ食料事情と並んで劣悪な衛生状態は想像を絶するものばかり。銃弾や砲撃による死者ばかりでなく感染症や衰弱が元で命を落とした人も少なくなかったことに驚かされます。
こうした体験談を肉声で聞いていた学生たちには、どのように映っていたのか?自分たちが踏みしめる同じ大地の上で80年前に起こっていた悲劇をどう捉えているか?彼らの言葉の冒頭はどれも「絶対に戦争はあってはならない」「2度とこのような目に遭ってはならない」という強い気持ちです。
沖縄の新聞社ならではの(およそ10年前の)連載企画であると共に今を逸しては実現できない企画だけに、沖縄より南の海上でキナ臭い匂いが漂ういまこそ、改めて戦争の犠牲、戦争加害責任というものを考えせられる企画だと思ったのでした。
離島の防衛では特にそれを強く感じます。沖合9キロに浮かぶ伊江島では沖縄本土陥落の2ヶ月前に島を制圧され、軍民合わせて3500名もの犠牲を払っていました。米軍としても巨大な航空母艦のような離島はどうしても必要な存在だったはずです。
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もしも次に行われる戦闘がこの海域であったなら、人の住んでいない離島は真っ先に狙われるだろうことは容易に想像がつく。
殉国美談という言葉があるのを知りました。
戦没兵士たちの犠牲について戦後の政府、国家がどのように正当化しようとしたのか?責任回避なのか?遺族の納得を得るためなのか?教育の問題も含めてともすると美辞麗句だけが並ぶ歴史資料には敢えて異を唱えたくもなります。
今度こそ沖縄県民の命を守るためにも、国は2度と惨劇を味わせないよう努力すべきなのだ。尖閣の陣取り合戦は漁業権云々といった些細な問題では済まされない。幸いにも?軍備には理解のある新宰相を迎えた日本政府。
今後予想される「あってはならない」軍事侵攻にどう備えるのか?
県民を2度と恐ろしい目に遭わせないためにどのような方策が取れるのか?
日々の政局のニュースにもぜひ、関心を持って臨んでもらえたら
沖縄を訪れた初めての旅で色々考えさせられたと共に、良いお土産を手に入れたと思っています。