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背を向ける者【不思議な夢の話】
夢で見た水軍の少年。
なぜか彼について考えていると水口さんのことが脳裏にちらつく。(前回の記事はこちら↓)
「聞いてみるか?水口さんに……」
いや、しかしいきなりそんなことを聞けるはずもない。だって水口さんと知り合ったのはつい最近だ。私がこの職場にやってきてまだ二ヶ月。お互いまだほとんど会話も交わしたことがない。
(そもそも水口さんがどんな人なのか、私は全然わかっていないんだ)
私は水口さんがベテランの介護士であること、そしてちょっとクールな印象の女性であること。それくらいしか知らなかった。
(いや、しかしわからないからこそ、当たって砕けろだ!)
作業の合間の休憩時間、水口さんと二人になったタイミングで一か八かで切り出した。
「あのっ、わたし先日こんな夢を見たんです!……今から数百年前の戦国時代、場所は泉州の海辺、岬のあるところなんですけどね……」
いきなり話し出した私に面食らったのか、水口さんはきょとんとこちらを見た。
「それで私、たまに人の前世の夢を見ることがあって、水軍の少年が出てきて、お屋敷が岬にあって、あっ……!」
(いけない、ここは話すべきじゃない!坊主頭の男たちがみんなを殺したことは触れずに飛ばさなきゃ)
やばい、水口さんがじーーーっと、固まった顔でこっち見てる!おっ、ひんやりしてきたぞ!!
「……えええっとですね、それでまぁ、その夢に出てきた水軍の少年がですねっ、なんだか水口さんに似ているんですっ!その子、すごく心が広くて優しい子だと思うんですが……」
「ハッ、ハハッ……!」
真剣な顔で固まっていた水口さん、急に笑い声を上げた。腕を組み、目を伏せ、下を見たまま笑ってうなずく。
「そう、そうね、わたしはやさしい!やさしいね~~、あ~っ、ははははっ!」
くるり、そのまま背を向けてスタスタ行ってしまった。
(ありゃ~~、違ったかな……?)
水口さんに似てると思ったんだけどなぁ。
(いや、でもやっぱり似てる。なにかどうしても引っかかる!)
どうしても納得できない私。数日後のお昼休憩、三十代のかっこいい上司とふたりでお昼ごはんを食べているとき、この人にも話してみた。
(どこまでも当たって砕けろだ!)
「……と、いうわけでですねぇ、和泉国の水軍の少年の夢を見たんですよ!」
若い上司は首をひねった。
「うーん……?なんか違う気がするなぁ」
「あれ、やっぱ違いますかねぇ?」
「いやぁ?僕は霊感ないけどさぁ、なんか違うような気がするんだよなぁ~??」
またも首をひねる。
「そうですかぁ……?私、水口さんとは知り合って間もないですから、なんか勘違いしてるのかなぁ」
「いやぁ、うーん、たぶんね、それ水口さんの息子さんの前世だと思う!」
上司は私の目を見て言った。
「ええっ!?」
「ああ~~~、いやいや!たぶんだよ!」
上司は慌てたように手を振って、そしてもう一度言った。
「でも、直感だけど、息子さんだと思う」
「ああ、直感ですか!!おお、……なるほど、そうですかぁ!!」
直感は大事だ。
こねくり回した分析より、パッと思いついた直感のほうが真実をまっすぐつらぬくことがある。
(そうか、息子さん、かぁ!)
その後、私は仕事明けの飲み会がきっかけで、水口さんの息子さんと会うことができた。『会う』といっても何度か挨拶を交わした程度だが、しかし「うわっ、似てるわ!」ひと目見て思った。
似てるというより、そのままだ。夢で見た葦原に潜んでいたあの水軍の少年、いや青年と顔がよく似ている。年齢的にも若い彼は夢で見た前世の年齢と近いせいか、まったく同じに見えてくる。この人だ間違いない!
水口さんの家に行ったときには、遊びに来た子供たちが水口さんの息子さんにやけに懐いているのも見た。人から好かれる青年のようだ。
なるほど。
私はどうやら水口さんの息子さんの前世の夢をみたらしい。
え?
なんで?
うーーん……
あとで人から聞いて知ったことだが、水口さんと息子さんは実の親子ではないらしい。詳しい事情は知らないが、人にはいろんな事情があるものだなぁと思った。水口さんは見た目はクールだけど、やはり優しい人なのだろう。
私が優しいと言ったらバカにしたように笑ってたくせに。
少しほっこりした。
ある日、私はまた夢を見た。
森が見えた。山だろう。山すその登り口には野原が広がっている。小柄な男性が立っている。若いな、二十代くらい。
修験者のような恰好をしている。軽装だが腰には道具入れを下げ、背中には小さな荷物と火縄銃を背負っている。おでこには黒くて小さな帽子のようなものをつけている。天狗が頭に被っている、あれだ。
右手には、なんだろう?まっすぐな細い棒を持ってる。小枝かと思ったが違う。人工物のようだ。男は手に持った棒をプラプラと振りながら、じっと前を見つめる。
上目遣いのその強い目は怒りを宿し、口元は不敵にも笑っているようだ。それからふっと目を伏せ、一瞬あきらめたような顔をしてから、くるりと背を向けそのままスタスタと森の中に入っていった。
この夢を見てしばらく経った秋、私は『堺まつり』を見に行った。戦国時代、鉄砲の生産地であった堺のお祭りには毎年火縄銃の演武が行われる。
私は堺の生まれなので堺まつりを見るのは初めてではなかったが、火縄銃の演武をしっかり意識して見たことはなかった。甲冑をまとった演者が腰に下げた道具入れから火薬と弾を出してそれを棒で鉄砲に押し込んでる様子をまじまじと見た。
「ああ!あれ、あの修験者が手に持ってた棒だわ」
そうか、やっぱり背中にしょった銃のようなものは火縄銃か。
各地の山々をめぐる修験者に鉄砲。
護身用かな?
戦国時代というのは修験者までもが鉄砲を下げて歩いてたということか。よほど治安が悪かったものと見える。なんともおそろしい時代だ。
「兄さんだ」
「あれはおいらの兄さんだよ!」
夢でその声を聴いたのはそれからしばらく経ったある日のことだった。また私は眠っている間、泉州水軍の夢を見ていた。
「おいら、ずいぶんと兄さんの世話になったなぁ……」
以前見た夢、あの襖絵の少年の声だ。
家族を殺されたあと、少年は兄に育てられたのか。
「おいらの兄さんのこと、あんたも知っているだろう?」
(えっ?……あぁ、水口さん!)
(ああ、そうか、あれが水口さんの前世だ!)
(修験者の姿をしていた、あの若い男……)
ということは兄も生き残ったんだ。水軍の兄弟たちは生き残った。
だが、兄は修験者の姿をしていた……
あの日、彼は故郷の海を見つめてた。
殺された家族、仲間を思って、彼らの供養のため修験者となった……
海に別れを告げ、彼は山へと入っていった。
きっと山で暮らすようになったんだ。
(そうか)
(そういうことだったんだ……)
人にはいろんな事情がある。
(水口さん……)
戦に負けて、制裁を受けて、なにもかもを失ってしまった水軍の子ら。この水軍の兄弟は、なんて重いものを背負ってしまったんだ。
私は修験者となった彼の姿を思い返した。
そして彼の背負った一丁の火縄銃のことを思った。
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