歳差運動2-⑨

だが、このままただでは済まないだろう。何しろ俺は決まっていたことを蒸し返して会議を混乱に陥れている。職員会議を冒涜しているのだ。民主主義の精神を踏みにじっている。戦前であれば朝権紊乱、治安維持法違反のかどで拘束されても仕方がない。

朝の運動を取り入れようなどと、勢い余って余計な提案までしてしまった。まあ、反撃されれば闘う気はあったが、おそらく俺の味方は皆無だろうから討論に勝ったとしても結果的に負けるのは火を見るより明らかである。

もう一度教頭の顔を見たが、また困ったような顔に戻っていた。俺の発言の後にそれを否定するような意見が出てこないからだろう。途方に暮れているようだった。

しばしの沈黙の後

「いいですか教頭先生!」

と巨体が立ち上がった。         まわしとチョンマゲが似合いそうなその先生は特別支援クラス担当の40代。以前、職員室から出ようとしたときに彼が中に入ってきて、彼の巨体とスライド式のドアに俺の体が挟まれたことがあった。その時、大きな体は凶器にもなり得るんだと思った。     運動、と聞いただけで拒否反応を示すような巨漢が、その後どのような発言をするのかは殆どの職員が予想できるというもの。

「運動は確かにいいかもしれません。しかし、始業前にやるのはどうかと思います。やるんであれば15分休みとか別の時間がいいと思います…んー、朝は子どもの出席を確認したり、話の相手をしてあげたりしなくちゃならないから大変ですからね」

気を使った言い方のように聞こえた。おそらく、もろに運動を否定すると自分の運動嫌いを強調してしまうおそれがあるからだろう。

司会者の声のトーンが変化した。

「あ、朝比奈センセイ」

さっきのリベンジかな?

「私も朝から運動をさせるのは大反対です!外で運動してきて子どもたちが教室に戻ったら落ち着かなくなり、余計うるさくなるに決まってます……それに…汗を拭いたり、うがいや手洗いをやらせたり…暑いときだったら水分補給も必要になりますよ。朝からやらせることが増えて私たちも忙しくなるし大変です」

外に出ると紫外線を浴びなくちゃならなくなるから反対意見の言いぐさがすさまじかった。自分にとっては死活問題なのだろうよ。

続いて

「私も反対です。朝から子どもに運動させるなんてもってのほかです。遊び好きのやんちゃ坊主はそれこそ舞い上がって、1時間目から勉強どころじゃなくなります……だいいち、去年の段階で決定されたことをなぜ今持ち出すんですか!言語道断、はじめから議論の余地はありません」

向こう正面の最古参のおばさん先生が吐き捨てるように言った。とうとう堪えきれずにぶち切れた感じだ。            俺は完全に土俵下に突き落とされた。

すると、細井教頭の顔がまた輝いてきた。うれしそうだ。感情が顔に出るから実に分かりやすい。

決まりだな、という顔で“種田の提案却下”の木槌を降ろそうとした瞬間

「すみません。私は、種田先生の案は今年度末の教育課程検討委員会で採り上げてみてはどうかと思いました。運動に限らずに、読書の他に何か違う活動ができないかどうか…他の学校の動向などを調べて私の方で資料を作っておきますから…」

「それから、種田先生の毎年同じことをやっていても意味がない、という発言は大事だと思いました。そのような視点をもつことは大切だと思います」

樫木教務、憎いねえ。立てるところは立てうまく収めている。さすがだよ。知性派の樫木教務がぼんくら頭の教頭の代わりに締めた。

ように思われたが…