過剰に繰り返された「申し訳ありません」。
午後5時前に、上りの電車に乗っていた。
座席に座っていたら、目の前を通り過ぎる親子らしい2人連れの女性が、「意外とすいてるわね」と言って、隣の車両に移っていった。
異常音
あといくつかで、目的の駅に着こうとしているとき、本を読んでいて、周囲への意識が薄くなっていた。そして、駅を発車しようとしている時に、急に車内にアナウンスが流れた。
ベテランの男性の声。
「後続の電車の遅れのため、時間調整のため、3分停車いたします。
申し訳ありません」。
そのあとも、アナウンスが流れながら、電車が発車していった。
「後続の電車の遅れのため、予定より3分遅れで、出発いたしました。
お急ぎのところ、申し訳ありません」。
申し訳ありません、という言葉に、とても感情と力がこもっていたから、その言葉がとても重く感じたのだけど、この感じは、久しぶりだと思った。
さらに、「申し訳ありません」と、何度も繰り返していた。
普段、電車内で聞いている「申し訳ありません」は、もっと事務的だったし、この重めの「申し訳ありません」は、オールドスタイルなのかもしれない。
急停車
その駅を出発し、次の駅はつつがなく止まってスタートし、さらに、その次の駅も無事に出発した頃には、さっき、何度も聞いた「申し訳ありません」の印象が薄れていた。
突然、ブレーキが踏まれた。
急停車します、という機械の音声が流れたあと、さらに、車内の電気が消えて、暗くなった。
おそらくは母親と一緒の小さい女の子が、「暗くなっちゃったよ、なんで」といった、もっともな疑問をすでに言葉にしている。
さっきのベテラン男性の声で、アナウンスが始まった。
「ただいま、踏み切りで、直前横断のため、急停車いたしました。
申し訳ありません」。
再び、重いトーンのおわびの声が響く。
暗くなっている分だけ、余計に近く感じる。
「車内の電気が消えま」。
そのくらいのタイミングで、音声が急に途絶える。
やっぱり電気系統のトラブルだから、車内の放送も使えなくなるのだろうか。
小さい女の子が、また、そのことについて、疑問を話している。母親らしき女性が、大丈夫だから、といった声をかけている。
薄暗くなった車内は、不安が少しふくらむ。
申し訳ありません
隣の線路に、電車が来る。追い抜かれていく車両の明かりや、振動や、スピードがやけに生々しく感じる。
次に、すれ違う電車も来る。その車体の重量感のようなものも伝わってくるように思う。
「放送が、途中で途切れて申し訳ありません」。
そんな言葉で、再び、ベテラン男性の車内放送が再開された。
「急停車して、申し訳ありません。
その際、電線のつなぎ目に停車しまして、車両内の電気が消えました。
安全的には問題ありません。
もう少し動いて、電気がついてから、発車いたします
申し訳ありません」。
急停車と、電気が消えたことと、アナウンスが途中で途切れたこと。それぞれに、「申し訳ありません」を繰り返していた。
こんなに短い時間で、何度も重めに「申し訳ありません」を聞いたのは、やっぱり久しぶりだった。
アナウンス
急に、電気がついて、電車が動き出した。
「遅れまして、申し訳ありません」。
やっぱり、重い声のアナウンスだった。
それから、次の駅は、それほど「申し訳ありません」がなかったので、もう、大丈夫なのかと思っていた。さらに、その次の駅は、自分が降りる駅だったのだけど、あと何分かで、到着する時に、またアナウンスが流れ始めた。
「次は〇〇、〇〇。予定よりも7分遅れて、到着いたします。
お忙しいところ、遅れまして、申し訳ありません」。
さらに、ベテランの声は続いた。
「後続の異常音の確認のため、〇〇駅で3分停車いたしました。
△△駅と、××駅の間で、急停車いたしました。
遅れまして、申し訳ありません」。
この10数分間の「遅れた理由」を振り返って、「申し訳ありません」を、ここまでの印象では、もっとも力を込めて話しているように思えた。
力のある言葉
電車を降りてから、やっぱり、こんなに「申し訳ありません」を繰り返すのは、なんだか珍しく感じたので、もしかしたら、声もベテランなので、定年間際かもしれないと思った。
だから、遅れたのも、より自分の責任のような気持ちで、もし仕事を辞めた後も、心置きなくするため、何度も、力を込めて「申し訳ありません」を伝えてしまったのかもしれない、などと想像した。
完全に、勝手な妄想に近い発想なのだけど、そんなことを思うくらい、「申し訳ありません」に力が込められていたのも、事実だった。
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