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読書感想(おちまこと)

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読んだ本の感想を書いています。
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#作品

読書感想 『コロナの時代の僕ら』 パオロ・ジョルダーノ  「不安の中での知性のあり方」

  2020年に入ってすぐの頃、1月くらいを思い出そうとしても、とても遠くに感じる。そして、今とはまったく違う社会だったのだけど、それも含めて、すでに記憶があやふやになっている。  それは、私だけが特殊というのではなく、今の日本に生きている人たちとは、かなりの部分で共有できるように思っている。 海外の人たちへの関心の薄さ  最初は、そんなに大ごとではなかった。  新しい病気がやってきそうだけど、そんなに危険ではない。あまり致死率が高くなく、いってみれば、毎年、流行を繰り返す

読書感想 『日本の最も美しい図書館』---「うらやましい場所」

 中年になってから、本を読む習慣がついた。それで、よく行くようになったのが図書館だった。12冊を借りて、二週間で返却する。その生活のリズムが自分の身になってきているような気がする。  地元の図書館では、サイト内に自分のマイページのようなものを設定できるようになっていて、そこから予約ができるようにもなって、12冊まで可能だから、それも上限まで使うことが多い。  その時、芥川賞などを受賞して話題になっている作品は、予約が殺到し、その待機人数は100を超えることも珍しくない。だ

読書感想  『2024年のベスト5』

 気がついたら、2024年も終わりに近づいてきました。  もし、1月から12月まで、「毎月、最も使われる言葉」があるとすれば、12月は、おそらく永遠に「1年は早いですね」といった表現が選ばれ続けると思います。  それでも、毎年、懲りずに、こんなに1年は早かったのか。本当に年を重ねるごとに、その速度は増していないだろうか。そんなことも思い続けるようですが、自分自身は、定年もないし、どれだけの年齢になろうが、働き続けないといけないし、働きたい思いがあるので、もしかしたら経験で

読書感想 『むらさきのスカートの女』 今村夏子 「多様性のリアル」

 第161回芥川賞受賞作。『むらさきのスカートの女』  そういって、その発表が、西暦何年の何月、といえる人は、相当に文学への関心と知識が深い人なのは間違いない。  自分にはそんな知識はないので、検索すると、2019年で、元号で言えば、平成31年から令和元年に移り変わる特殊な年だった。そして、この161回の芥川賞は、1年に2回のうち上半期で、7月に発表された。  芥川賞を受賞すると、今もまだ話題にはなり、出版界は長く不況といわれているけれど、その作品は注目を浴びるし、図書

読書感想 『神に愛されていた』 木爾チレン  「書くことを、信じ続けられるすごさ」

 ラジオを聴いていて、本に関する話題になるとメモを取ろうという姿勢になる。  その時は、リスナーからの日常的な出来事の中で、ある作品と出会ったというような言い方で、小説の題名が出てきていた。リスナーは女性のようで、その上、その作品は若い人に評価されていて、ということを知り、自分は若くないけれど読んでみたら、とても素晴らしかった、という内容だった。  若い女性が支持する作品は、若くなくて男性の私からは、たぶん、最も遠く、通常モードで暮らしていると、読む機会はないのだと思った

読書感想  『娘が母を殺すには?』   「歴史と知性の有効な使い方」

 自分が住んでいる地域の図書館に予約のシステムがあって、一人当たり12冊まではリクエストができる。登録すれば、同じ区内に蔵書があれば、直接出向かなくても、インターネット上の操作で、読みたい本をお願いできる。  その中には、場合によっては100人を超える予約者がいて、だから、その書籍が「準備できました」と言うメールをもらう頃には、いつ、どんな動機で読もうと思ったのかを、失礼なことだけど忘れていることもある。  そして、図書館に行って、書籍などを返して、借りてくる。    自

読書感想 『生き延びるために芸術は必要か』 森村泰昌   「あらゆる時代、あらゆる場所の切実」

 森村泰昌、という現代美術家は、1990年代から知っていた。  東京都現代美術館で、大規模な個展を見たときは、森村泰昌氏が、あらゆる絵画の中にいた。  西洋美術史の作品を、東洋人の森村泰昌が演じる意味のようなことが大事になってくる、といったことをテーマにしているのだけど、最初はピンと来なかった。  ただ、それから20年以上、時々、あちこちの美術館やギャラリーなどで新作を見たり、横浜トリエンナーレでキュレーションをしたり、美術に関する著作も何冊も読むようになって、実作者と

読書感想 『つくる みせる たべる 弁当美術館』  「異次元のキャラ弁当」

 それほど多く知っているわけでもないのだけど、かなり前から、お弁当は、どうやら凝ることが常識の一つになっているらしい。  それは「キャラ弁」とも言われ、フィクションのかわいいキャラクターなどが、お弁当箱の上に再現されて、それはすごいことだと思うけれど、同時に、他にもやることが多いはずなのに、さらに時間と手間をかける大変さも想像してしまう。  だけど、この著者の「弁当」をテレビでみたときは、ちょっと違う感覚だった。  最初は、キャラターというよりは、例えば絵画の名作を再現

読書感想 『いとをかしき20世紀美術』  「アートを理解するための良質な教科書」  

 それまで全く興味がなかったのに、ある展覧会を見て、急にアート、それも現代アートと言われる分野を勝手に身近に感じるようになった。  それから、20年以上、細々とだけど、ずっとアートを見続けてきた。  その間に、特に現代アートと言われる分野に興味を持つと、例えば、現代アートではなく現代美術と表したほうがいいのだろうか。とか、作品を理解するためにその歴史や背景を知らないと、本当には理解できないかもしれないなどと思うようにもなった。  作品を見ていて、最初は見えなかった、その意

読書感想 『熱血シュークリーム』  橋本治 「独特の本物」

 本を読む習慣はほとんどなかったから、20代の頃から細々とながら、ずっと読み続けている著者は、もっと少ない。 読書習慣 それは、時代が変わると、著者の視点がずれていくように思えたり、自分自身が変わることによって生意気な言い方だが、読めなくなったりしたこともあった。  だけどその中で最初から、あまりにも他の著者と違って独特で戸惑いを感じるくらいだったが、その後何十年も印象が変わらず、凄さを伝えてくれる著者が橋本治だった。  あまりにも膨大で全部を読んでいるわけではなかった

読書感想 『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』  「過去との戦い」

 今は当たり前のように、毎日のようにカメラというよりはスマホで写真は撮られ続けているから、昔と比べて、写真家の価値や地位の変化もあるとは想像もできるのだけど、20世紀末に、若い女性の写真家が注目を浴びた時期は、写真家が今よりも輝かしく見えていたのは間違いない。  HIROMIX、という10代の女性の写真家が、自分にとって大事だと思われる身近な人たちを撮影した作品が、今のこの瞬間はすぐに過去になってしまうことを、これだけ伝えてくれるのはすごいと思ったのは覚えている。  その

読書感想 『ヘンな日本美術史』  「表現の本質」

 著者は、現役の画家でもある。  1990年代に「コタツ派」という展覧会で作品を見て以来、ずっと描き続けている印象がある。  そのうちに、新聞広告などでも作品を目にするようになり、時々、テレビなどで話をしているのを見ることもあるから、気がついたら著名なアーティストになっていた。  こうした展覧会↑も一見、柔らかいというか、分かりにくいようなタイトルがあるものの、そこでは特に明治以来の日本の美術について本質に迫るような試みがされていたし、この「ヘンな日本美術史」も「ヘン」

読書感想 『2023年 ベスト5』。

 基本的には、毎週土曜日に、自分が読んで、興味深かったり、面白かったり、読むべき本では、などと思ったりもしたときに、その作品について書いてきました。それを、よくあるタイトルだと思いますが、「読書感想」と名づけています。 読書感想 もちろん、その作品の引用を一切しないで、その作品の紹介をして、その上で読んでもらう方法があって、その方が本の紹介をするには、王道で本筋であるのだろうという気持ちもあります。  それを知っている上でも、引用をするのは、読者である私が自分の表現で伝え

読書感想 『小説のストラテジー』 佐藤亜紀 「背筋が伸びるような言葉」

 小説家の中でも敬意を強く持たれ、場合によっては畏怖されていて、だから、批評家や評論家も、それほど簡単に触れられない作家がいる、ということを、佐藤亜紀の存在で、少し分かった気がする。  それは、読者としても同様で、わかったようなことを言えるような作家ではなく、どうやらすごいらしい、ということは、佐藤亜紀を、他の書き手がどのように表現しているかで、伝わってきた。  しかも、これまで読んだことはなく、でも、その評価のされ方が、あまりにも独特なので、読んだ。それもまだ1冊しかま